Kej の森

kejnomori.exblog.jp
ブログトップ

『今を』一生懸命生きる* 松岡修造 その2

松岡修造さんのレポート。
アメリカン・ハイ・スクールを卒業した後。
その後の彼を追っていきます。



d0214179_227063.jpg





◆ 19歳 (1986年) ◆     number 5

【 変化、環境の変動、大胆、挑戦、機敏と柔軟性 】

大学へ進学しようとした矢先、ブレッドから 「腕試しにプロの試合に出てはどうか!」 と人生の転機となる一言を言われる。
この提案に対し彼は勝てるわけがないと渋ったが、ブレッドは 「つまらない恐怖心を持つな!人間には思いもよらぬ能力がある」と叱咤激励する。その言葉を聞き 挑戦を決意。

軽い腕試しのつもりが、予想に反し4週全ての大会で本戦に勝ち上がり5週目の大会にも進出した。
その結果に驚いたブレッドが、「いっそのこと大学に行かず、プロになってみないか!」 と勧める。

この時ばかりは即答できなかったが、考えに考え抜いた末、最終的にはプロの道を選択する。

そしてここでも両親に大反対されることは予測し、「2年やってダメだったら大学に行く!」 という条件を考え、両親を説得し承諾を得る。

両親はプロ転向に際して、「一切の援助はしない」 という条件だった。そのため金銭の工面に苦労することになる。ツアー中のホテルでは、隣のテーブルからクロワッサンを盗んで食べたこともあったという。

また、無名の選手でしかなかったので、練習相手がおらず、必死の思いで頭を下げても相手にしてもらえず 何度も断られた。その当時、テニス後進国の日本の選手を相手にする者はおらず、日が暮れるまでストレッチ体操しか出来なかったこともあったという。

その当時、阪急ホールディングスの約束された将来を蹴って、プロテニスに転向した彼を マスコミは 「反骨の御曹司」と呼んでいた。


◆ 21歳 (1988年) ◆     number 7

【 ステージアップ、才能を開花させる、コンセプトや計画をより深める時期 】

プロ転向 2年目。 世界ランキング82位にランクイン。
コーチのブレッドには、「5年で100位以内に入れば上出来」 と言われていた。
その目標を3年以内で達成し、「世界に通用する日本人プレーヤーとして一躍注目を集める。



◆ 22歳 (1989年) ◆     number 8

【 達成、実りを感受、成果、富や名声 / 健康、コントロール要の時期 】

国際選手権で準優勝を果たす。ハイネケンオープンでは初優勝に輝く。

しかし、その年、半月板を損傷し、テニスの一時離脱を余儀なくされる。 ここから茨の道が始まる。



◆ 23歳 (1990年) ◆     number 9

【 孤独と疎外感、理性の混乱、ドラマチックな時期、変容 】

その後、2度に渡る手術をし、10ヶ月間コートから遠ざかる。
そして、復帰するが、また左足の靭帯を全て断裂する大怪我を負い、選手生命さえ危ぶまれる。
その時 彼は、「逆境を乗り越えるたびに人は強くなれる」 と信じ上半身の強化に努める。



◆ 24歳 (1991年) ◆     number 10-1

【 新生、開拓と勝負、不要なものを整理して新しいステップへ、行動力、現状打破 】

怪我から復帰しチャレンジャー大会で優勝し、完全復帰を印象つける。
翌年の春、number10-1、25歳の時、世界ランキング自己最高の46位まで上げる。
* 今でこそ錦織選手がランキング4位だが、当時は100位切ることは本当に凄いことだった。この記録は2011年に錦織選手が更新するまで20年近く日本人男子選手の最高位だった。



◆ 25歳 (1992年) ◆     number 11

【 混乱、内面的苦悩、心と体の破壊、アイディアが形にならない 】

その年の末、ウイルス性の病気にかかり、再び長期の療養生活に入る。
彼は 「この時ばかりは、涙が止まらなかった」 と語っている。
選手ランクも落ち、その後は不振にあえぎ、周囲の期待も薄くなっていき、引退も囁かれる。



◆ 27歳 (1995年) ◆     number 5

【 革新、多才、環境の変動、機敏と柔軟さ、形になったものが外向きに活発化 】

ウインブルドン選手権で、日本人男子テニス選手として、62年ぶりのベスト8入りを果たす。
ウィンブルドン大会は世界最古のテニストーナメントであり、最も格式高い大会。

試合では、「この一球は絶対無二の一球なり!」 日本テニス界の大先輩、福田雅之助の言葉を叫びながら試合に挑む。
「もしこのゲームを取られたら、また振り出しに戻ってしまうかもしれない。怖かったから、いつも自分が使ってきた言葉を叫ばず
にはいられなかった」 と試合後語る。

この大会は、怪我で欠場した選手の代わりにチャンスがやってきたという試合。
その大会でのベスト8は快挙で、日本テニス界のパイオニアとして歴史に名を刻む。

◆ 30歳 (1998年) ◆     number 7

【 解放、内省、可能性の拡大、独立や転職 】

元アナウンサーの田口恵美子と結婚。 そして30歳という若さで現役を引退。

引退会見では、引退という言葉は使わず 「卒業」 という言葉にこだわった。
「終わりではなく、新しい修造の始まり」 と語った。

その言葉通り、この年 「トップジュニアキャンプ」 という若手選手の育成を始める。
また、キャスター業もスタートさせる。
この年 スタートさせたキャスター業が認められ、オリンピックの、ソルトレイク ・ アテネ ・ トリノ ・ 北京・バンクーバー ・ ロンドン
と続いてメインキャスターを務めている。
広い分野での活動をスタートさせる年となる。



◆ 36歳 (2004年) ◆     number 4

【 基盤作り、継続、準備と前進、堅実さと責任 】

2004年からは、TV朝日の報道ステーションで、スポーツのキャスターを務め始める。
他、2000年からは、くいしんぼう万歳のレポーターをし、今年で15年目を迎える。
この頃から、着実に仕事の幅を広げていく。



◆ 41歳 (2008年) ◆     number 9

【 完成、精神的成長、新しさへの心を聞く 】

この年、CM起用ランキングで、木村拓哉と並ぶ 男性1位に輝く。
また、好きなスポーツキャスター・コメンテーターランキングでも、第1位を獲得。 翌年も続けて1位。
芸能界での存在感を確立したと言える。



◆ 45歳 (2012年) ◆     number 13-4

【 基盤作り、形成、信頼、堅実さと責任 】

テニス引退後は若手選手の育成にも力を注ぐが、それが認められ、この年、
日本テニス協会強化副本部長に就任。 「修造チャレンジキャンプ」 という取り組みでは、
錦織圭 他、現在のテニス界のトップ選手を育てている。


◆ 47歳 (2014年) ◆     number 6

【 調和、本質の理解、心からの真実、愛情と思いやり、家族問題 】

この年発売された、「日めくり まいにち 修造」 というカレンダーが発売から10カ月で 発行部数100万部に到達。
彼の写真とともに彼流の格言と、説明が添えられている。 彼曰く 「僕の哲学を記しています。ここが一番大事!」
日めくり商品としては異例の売れ行きで、一時は注文に生産が追いつかない状況になる。
2015上半期ヒット商品番付でも東の前頭入りを果たす。

CM起用社数ランキングでは、男性部門で1位となる。2008年以来2度目の首位。

理想の上司ランキングでも1位。 「僕は何年も同じことをしてきた。周りが変わっただけ」 と冷静に語っている。

彼は3児の父、結婚生活は今年17年目。彼の妻は 「皆の事は応援しているのに私の事は応援してくれてない」 と言っている。
それに対し彼は 「一番応援しなければいけないのは家族だと思ってるんですけど・・・ 僕が父親で良かった 旦那で良かった、
と思ってもらえるようにしたい・・・」 とテレビで語っている。
サイクルナンバー(何を学ぶ時期か?)、 33-51歳が6番。 家族の問題は、この20年 彼の課題である。


★ Cycle Numbers ★     どのようなことを学ぶ時期か?


●0-32歳 (Number 2)
変化を受け入れ、人間関係から様々なことを学ぶ時期。 自らの経験を通し、人に対する優しさや気配りが出来る感受性のある人
になる。また、人との協調性・協力・受容(受け入れて取り込むこと)や、人との境界線を学ぶ。数多くの経験を通して学ぶことにより
バランスのとれた平和的な人になる。 まず自分を受け入れることにより他者を受け入れることを学ぶ。


●33-50歳 (Number 6)
喜び活動することにより内面の成長を目指す。 本当の意味での愛情・親切・献身・奉仕とは何か? などの本質の理解を深める
時期。心を開き、他者を受け入れて人を理解することを学ぶ。 身近な家族とも向き合い、内面の強さを学ぶ時期でもある。


●51歳以降 (Number 5)
形になったものが更に外向きに活発化する。「新しい風」や「環境の変動」を受け入れて現状把握をし、計画を立てて進む。
好奇心や冒険心を持って機敏に柔軟に行動していく。 今までの経験を断片的にとらえるのではなく、知識ではなく「智慧」に
変えていくことを学ぶ時期。 



★ Pinnacle Numbers ★     どんな状況の時期か?


●0-32歳 (Number 8)
地道な努力を続けて成功を目指す時期。バイタリティーと自信を持って積極的に進んでいく。その経験により、自己信頼と能力が
育成される。学んだことは、アウトプットしていくと良い。 注意点は、様々な経験をするので、バランスとコントロールが必要な時期。
体と心の健康面の調整が必要な時期。


●33-41歳 (Number 2)
新しい環境を受け入れて冷静に見極めをする時期。 受容、協力、人との境界線について知る。物事を遠目にみることにより
客観的に見ることが出来る。その上で完成予想図を描く時期。


●42-50歳 (Number 1)
今までの経験を武器に 自己信頼し、新しい自分を打ち出していく。 不要なものを整理して新しいことを計画し、新しいステップへ
進む時期。 独創性・開拓精神がある時期なので、インスピレーションに従って、活発に自己主張していく。


●51歳以降 (Number 7)
精神性へ目覚める時期。自分の行動や考えを深くかえりみながら進んでいく。 そして、精神の充実を計り、平穏さを保つ。
コンセプトや計画をより深める時期。才能が開花し可能性が拡大する時期。



★ Challenge Numbers ★     与えられた試練や今回の人生での課題


●0-32歳 (Number 4)
真面目にコツコツ継続して物事を進める。忍耐強く着実に目的を実現させるプロセスを学び基盤作りをする。そして自分の能力
を活かしていくことが課題。 現実的な問題の対処をする試練も、この時期与えられる。


●33-41歳 (Number 1)
不要なものを整理し、自分を信じて新しいステップへの構想を練る。様々な人との交流を通じて自己を成長させる訓練をする。
文筆活動をするのも良い。 自己主張・行動力・独創性が課題。


●42歳以降 (Number 3)
今までの経験を世の中の為に活かせるように、インスピレーションで感じたことを、陽気に明るく表現していく。 自分のカラーを
出していくには どうしたら良いかを考える。人に交わって人の中からヒントを得る。表現力・楽観性・外交性・友好が課題。




◆◆ まとめ ◆◆

「日本一熱い男」 松岡修造のことを人はそう呼ぶ。 彼は日本が誇る元プロテニスプレーヤー。その彼が今の
立ち位置になることは想像できなかった。 しかし、今回、数秘リーディングをしてみて謎が解けた気がする。

誕生数 22-13-4 の彼は、テニスをしていた時代に、何度も何度も お試しの試練があり、その度に、自分と
向き合い、1つ1つ乗り越えてきた。 そんな彼の渾身の言葉を集めたカレンダーがヒット中。 今まで表面的な彼しか
知らなかったが、調べて裏側の人生を知り、カレンダー発行部数が100万部につながっている事にも納得した。

彼が、こんなに熱く人を応援するきっかけがあったことも知った。
ウインブルドンの3戦目、負ける一歩手前の時、”負けるかもしれない” と心の中で思った瞬間、客席から

「 し ゅ う ぞ う 、 自 分 を 信 じ て い け ー ー !」

という声が、外国人ばかりの観客席の中から飛んできた。
その言葉を聞き、”まだ負けてない!” と気付き、その試合に勝利する。
その言葉がなければ、ウインブルドンでのベスト8はなかったと語っている。
その一言は、その後の彼の人生にも大きく影響する。
たった一言の言葉が「人の力」になることを知り、彼は今、全力で人々に熱い応援メッセージを出し続けている。

彼の運命数は9番、Natureも9番、応援することは、彼の人生の使命であり、本質。
それを多くの人たちに伝えるためには、Action5 と Stage11-2 の行動力と強い意志が必要。
また、パーソナル数7 で個性的で親しみやすい熱血キャラを演じ、人々の心に届ける。
また、深く真実味を持って人を応援するには、自身が苦しさを経験し、乗り越えた時の達成感も味わい
そのすべてを伝える為に、誕生数22-13-4と、ソウル数20-2、そして実現数13-4が必要不可欠。
全ての数字が上手く組み合わされて、松岡修造は この世に存在するのだと感じた。

彼は語っている。
「テニスの才能なんかよりも、いま自分がやってることの方が才能があると思っています。人を元気にさせたり
笑わせたり、応援するっていうことが楽しくてたまんないんですよ。生きがいです。そういうことが向いている
からこそ、いい形で表現できているのかな、と思います」 (2015年8月「徹子の部屋より」)

彼の応援は、先述の言葉からも、数秘リーディングの結果からみても、更に熱く続いていくと思う。 そして彼は言う。

「家族や友人など、世の中にはあなたを応援してくれる人がたくさんいます。
その応援に応えなければいけないと思う。
何も結果を出さなくてはいけないということではありません。
ただ目の前のやるべきことを一生懸命やること。それが応援に応えるということ。」

松岡修造の数秘リーディングをしながら、彼から沢山のメッセージを受け取った。
彼の応援は私の心に届いた。その応援に答えるべく、自分を信じ、目の前のことに目を向けたい。



d0214179_21565877.jpg



       

数秘基礎クラス最終日、第8期生の終了課題レポート発表会は、7月23日だった。

「日めくり まいにち 修造」 のカレンダーは、31日間の日めくりになっているが
「23日」 の 彼からの言葉を ここに記して終わりとする。

「 後 ろ を 見 る な ! 前 も 見 る な ! 今 を 見 ろ! 」

「1つの所に命を懸けなさい」
僕は小学校時代の先生にいただいた
「一生懸命」 という言葉が大好きです。
今もこの言葉が僕の中心にあるから、
何をするにも、一生懸命。

過去を振り返ると後悔したくなり、
未来を考えると不安になる。
だから今、この瞬間に全精力を傾けるのです。
この一生懸命の積み重ねが、
未来の自分をつくってくれる。
僕はそう信じています。






Reported by Yumi S.
Aeons Numerology Basic the 8th class
by kej000 | 2015-08-18 22:28 | 数秘レポート