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愛のメッセージを届け続ける人 *黒柳徹子




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黒柳 徹子 
kuroyanagi Tetuko

【生年月日】1933年8月9日

現在81才  
Year cycle 6

東京都出身 
女優 タレント エッセイスト 声優 司会者
愛称 トットちゃん


Birth     (誕生数) 15-6
Destiny   (運命数) 70-7
Soul     (ソウル数)   7
Personal   (人格数)   9
Realization (実現数) 13-4
Stage 11-2
Challenge 11-2
Nature   4
Action   9
Cycle number ( 0-30)   8
Cycle number (31-48)   9
Cycle number (49-  ) 16-7


【 際立っている資質】

◎Maturity 7
成し遂げる力
◎Creation 0 
想像力
何かを生みだす力  

  
       

【Birth (誕生数) 15-6】 調和

黒柳さんは、6のnumberが示す人生そのものを生きていると思います。
無条件の愛、深い思いやり、平和、奉仕、審美眼、どの言葉もぴったりです。
1984年にユニセフの親善大使に就任してからは、飢餓、戦争、病気に苦しむ世界の子供たちを訪ね、テレビを通してその実情を伝える活動を続けています。
見返りを期待せず、周囲の人への奉仕、サポートし社会に貢献すること、言葉では簡単にいえますが、実行するということはなかなかできることではありません。


【 Destiny (運命数)70-7】 飛躍

7という数字は知的探求心、分析力と直観力、大自然とかかわるなどありますが、誕生数で与えられた才能や個性をどう生かしていくかを告げるナンバーです。
黒柳さんは、愛のある方なので、世のため自分にできることはなにか考え、直感でボランティア活動へ進んでいったに違いないと思います。なぜなら、一桁にある0という数字をもっているからです。これは、霊的な素質を豊かに発揮する能力に恵まれていることを意味します。自分の中でこうしていこうと思ってなかったけど、直感やインスピレーションで自分の使命というものに気づき進んでいっていると思います。


【 Soul (ソウル数)7】 飛躍

ソウル数というのは、魂の欲求です。
テレビに出ていて影響力のある黒柳さんは、平和のため自分のすべきことを知っていたと思います。本を読んで心に残った言葉で「何かを変えようと思ったら、みんなが一緒に力を合わせてやらないと、みんなが心を一つにして、自分だけが良ければいいという考えじゃダメなんじゃないかと思う。」と考えてました。本当にその通りで、世界中の人が同じ気持ちになり平和を願えば、争いのない平和な日々が訪れると思います。


【Personal (人格数)9】 完結

人格数とは、その人の第一印象という感じでしょうか。
黒柳さんは、人あたりが良く幅広い人と交流できる人、人類愛、博愛問言葉がぴったりです。
動物、自然も愛する方で、「パンダと私」というエッセイ本を出版しています。本を出版した1972年当時、日本で一番パンダに詳しい人ということで、取材が殺到するほどでした。


【 Realization(実現数)13-4】 修練

13-4は、カルミックナンバーといって、エネルギーが強く、探求者ナンバーです。障害の度に変容する修練を経験しカルマの負債を清算することになります。小学校1年生の時にわずか3か月で退学になったという経歴があります。とても個性的で、落ち着きがなかったためです。しかし、転校先のトモエ学園は、時間割があっても好きな教科から勉強してよいし、早く終わったら散歩という毎日で、毎日ワクワクしながら通いました。特に気に入っていたのは、教室が廃車になった電車でできていたところです。退学になったおかげで、自由でのびのびした学校に通えることになりました。しかし、楽しい生活もいつまでも続かずに、その数年後には、日本は戦争という時代を迎え4年間青森に疎開しました。


【 Stage 11-2】 霊性

活躍の舞台は、11-2です。常に自分の体験から人々に訴えている姿を見ると、芸能活動を通じて天と地の橋渡しの役割をしていると思います。メッセンジャーといったところでしょうか。


【 Challenge 11-2】霊性

高い芸術性、高次からのメッセージを受け取り、アウトプットしていく、自然を愛する、バイタリティー、全て黒柳さんのことのようです。


【Nature 4】安定

常に、現実社会と向き合いコツコツ真面目に生活の基盤を作ってこられました。勤勉で忍耐力のあるかたです。約10年間やった「ザ・ベストテン」の司会では、久米宏さんとどんなに若くても、どんなに歌が上手でなくても敬語をつかいましょうと決めました。それから、若い方が見ているので順位も決して変えないようにしましょうと始める前に決めました。真面目さ、信頼ということを表していると思います。


【 Action 9】完結

愛と理解力をもって穏やかに人類愛を実践してきました



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●History

 《若年期 8》
黒柳さんは、とても元気のいい子でした。小さいころから自立心があり、一人で何でもやろうとする子でした。好奇心旺盛な子でもありました。「窓ぎわのトットちゃん」を読むと自由ヶ丘にあったトモエ学園での生活がわかります。名前は徹子だが、人の喋っている音が自分流に聞こえてしまっていたそうで、「テツ子ちゃん」とよばれるのを「トットちゃん」と言われていると思い込んでいたそうです。黒柳さんは、49歳まで二桁サイクルが続いていました。本を読んで感じたことは、幼少期は、行動力があってとても元気な少女でした。


・1945年 12歳 number18→9 変容
 3月10日東京大空襲でトモエ学園が消失してしまった。そのあと、青森へ疎開した。この時期は、環境の変化、別れを経験して精神的成長をしていった時期でした。


・1953年 20歳 number17→8 繁栄
東京音楽大学声楽科在学中にNHK放送劇団養成所の試験を受けて合格。「子供に上手に絵本を読んでやれるお母さんになりたい」というのが応募のきっかけでした。学校を卒業してからは、ラジオドラマで大人気となります。個性が邪魔と役を下ろされたこともありましたが、ラジオドラマのトン坊という役で大人気になっていきました。社会進出して、パワフルに挑戦していったことが成功へとつながりました。行動力があり、負けず嫌いなところもあるのではないでしょうか。


・1958年 25才 number22→4 創造(安定)
 この年、史上最年少で紅白歌合戦の司会を務めました。テレビのレギューラーが週に6~7本、ラジオも3本あり、睡眠時間3時間となり過労で入院してしまいました。組織に属してコツコツ真面目に仕事してきましたが、このことがきっかけとなり、睡眠は8時間確保し、やりたいと思う仕事だけやることにしました。22は、大きなことを成し遂げられる年でもあり、大掃除の年でもあったので、このような結果となったのでしょう。28才からは、舞台にも活躍の場を広げていきました。


 ・1971年 38才 number26→10→1 
  1年間の休暇を取るためニューヨークへ渡米。その間、ダンススクールで演劇やダンスを学ぶ。不要なものを整理して、新しいことを始めました。直観で決められたのでしょうか。行動力があり、さすが黒柳さんです。


・1976年 43才 number22→4
 「徹子の部屋」放送開始。この時、視聴者を混乱させないようにテレビドラマには一切出演しないことを決めました。そんな心配りもあってか、今年5月には放送一万回突破しました。大きなビジョンを描き 新しい年に向かう 開拓する年。そんな年に始めたこともあり、長寿番組を作っていけたのではないでしょうか。


・1981年 48才 number27→9 完成
 「窓ぎわのトットちゃん」刊行。大ベストセラーになり、印税で「社会福祉法人トット基金」を設立しました。これは、ろうあ者、身体障害者のための通所支援施設です。愛をもって奉仕活動を始め、人類愛を深めていきました。その3年後ユニセフ親善大使に就任します。以後飢餓、戦争、病気に苦しむ世界の子供たちを訪ね、テレビを通してその実情を伝える活動を続けています。その後、数々の賞を受賞されました。Cycle number9とyear cycle9が重なった完結の年に本を出版したことで完成された素敵な作品になったのではないでしょうか。


・49才~year cycle7、pinnacle number6、Challenge number1

 現実的に幅広い人々と交流して、人類愛、博愛を学びドラマチックな時期を送ってきましたが、ここからは、精神性に目覚め自分にできることは何か、探求してきたかもしれません。著書のなかで、自ら40代の時に夢中だったのは心磨きだったといっています。もっと知的になりたいと思い、絵を観たり、展覧会へ行ったり、本を読んだりしたそうです。

100才まで舞台に立ちたいと、健康のため夜寝る前に50回のスクワットを始めたりもしました。人に何かを伝えることが自分の仕事だが、言葉以上に感情が思いを伝えると言っています。ユニセフの仕事で他の国の子供たちに話かけるときに、日本語で話かけるそうです。言葉がわからなくてもわかってくれるようです。それは、動物やまだ言葉のわからない赤ちゃんに対しても同じだそうです。

黒柳さんは、年を重ねて、ますます才能を開花させていきました。自らの経験をもとに平和を訴え、戦争で犠牲になった子供たちに愛をもって、寄り添ってきました。Birth number6そのもの生き方をされてこられました。



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現在は、BS朝日で毎週水曜日夜10時から「コドモノクニ」という番組にレギューラー出演しています。大正から昭和にかけて絵雑誌「コドモノクニ」を作った芸術家たちの人生をたどり未来に伝えたいメッセージをひもとく番組です。黒柳さんは、子供たちの未来へ続くメッセージを届けています。高次からのメッセージを受け取り、愛をもって人々に伝えていく活動はまだまだ続きそうですね。これからもお体に気を付けて活動していってほしいと願います。



Reported by
Aeons Numerology Basic the 8th class
Hiroko S.
by kej000 | 2015-08-25 10:26 | 数秘レポート