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幾多の試練を乗り越え・・ *長渕剛

かの長渕剛さんを数秘で読み解くと?
彼のバイオグラフィーを、同じく男性の視点で数字と共に辿るレポートです♫




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長淵 剛 
Tsuyoshi Nagabuchi
生年月日 1956年9月7日


1970年後半より日本を代表するシンガーソングライターとして俳優として、幾多の試練を乗り越えながら、若者に絶大な人気を得るまでの道のりを辿ります。


〈personality〉
誕生数(Birth Path number) 19-1 10-1番

その人の深層意識を暗示し、生まれ持った資質、性格、個性、生きる姿勢や才能、その人
の潜在能力等の普遍的な特質を表す

19,10の1番を持ち10番は、人道的な方向へ進む霊性のナンバーであり
19番はリーダーとなる資質を持ち人々や世の中の為に偉大な貢献をしていく
ナンバーで人生の中で試練を乗り越えるテストが用意されて
自分の目指すところへ進んで行くナンバーです。
持ち前の行動力を発揮し、試練を乗り越えながら自ら、見えないゴールへ向かっていった
彼の性格、資質にピタリと当てはまります。

運命数(Destiny number) 11番

人生における使命や目的何を実現していくのかを表します
11番という数字は、ズバリ『霊性』バイブレーションが最も高次の段階を示す数字で,
1+1=2であることから、2の感受性の降幅が増し、更なる内面への探究へ向かう意識を持ち、鋭い直感力と豊かな感受性が彼の高い芸術性を後押しして、理想に向かう揺るぎない意志を生むことで彼独自の感性の豊かさが霊性となりカリスマとして人と天を結ぶ波動となって絶大な人気を得る結果となったのかもしれません。 

この二つのナンバーから引き出されるナンバーを
実現数(Realization number) 3番

今回の人生での可能性や実現性を表します

彼本来の表現力の豊かさで他者を自分事の様にとらえ、精神的な喜びを人と共に共有し、人々に未知の光を投げかけることで1番のリーダーシップとしての能力と
3番の表現力や感性の豊かさの両面を上手く使っていき社会や人々と共に歩んでいくことこそが彼本来の目的だったのでは、ないでしょうか?

ソウル数(Heart number) 5番                               

その人の内面の声や価値観の目安で魂の根源的なレベルで望んでいることで、
本人も自覚されてないこともあります。
この心の声を聞き生きていくことは、その人にとって矛盾のない
魂の要求に近い生き方を示すことにもなります。

彼のソウルナンバーは5番です。
自由で革新家で冒険家これは、心の内面のナンバーなのですが、
やはり、パワーが強いのでしょうか内面から溢れる様なパワーで
5番のエネルギーもよく伝わってきます。

人格数(Personality number) 6番
その人の社会的な仮面を暗示
気づかないうちに身につけてしまった第一印象、他者の目に移る表面的人格

誕生数の1や運命数の11にある様なリーダーシップやカリスマ性とは別に表面的には、平和主義で堅実で保守的な側面も併せ持つことで、彼独自の世界観や個性が人々の心を動かし数々のヒット曲が生み出されたのでしょう

ステージナンバー(stage number)彼の活躍のステージは7番です。

7番は、 知的で洗練され個性的で彼独自の世界観を持ちそういった個性を歌に表現することで人々の心を動かし数々のヒット曲を生み出されたのでしょう


nature number は7番
 
内省的で洞察力を持った知的さが、彼独特の魅力となり多くのファン層を得る原動力となったのでしょう




Action numberは2番
 彼の行動パターンは、2番  バースナンバーが1番ということで、一見激しくも見えがちですがロマンチストな部分も多く人を思いやる協調性と感受性豊かで平和的な部分は音楽での世界にも存分に発揮されていました。

Challenge numberは、9番
 今世での挑戦するナンバーは、9番、リーダーとして舵を取りながらも、
愛と理解力を持ち穏やかに人類愛を実践するという全てのエネルギー受け入れる真の力強さを持つことが彼の最大のチャレンジなのではないでしょうか?




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〈History〉

 若年期 9番

警察官の父親と母親の二男として生まれ出生後まもなくインフルエンザで、生死をさまよった時期もあり幼い頃は、体が非常に弱く病院通いが欠かせなかったそうです。
音楽が楽しみで、同郷の吉田拓郎等のフォークソングを聞き音楽の世界へ入って行きました

17歳(year number 27-9)

大学祭前座での初めての舞台を経験
これから始まる音楽活動の下準備です。

18歳(year number 19-1)

友人と二人でフォークソングのグループを結成しステージ活動を本格化させる
新しい発展の年彼にとっては一番良い時期の船出だったのでは、ないでしょうか?

19歳(year number 20-2)

福岡産業大学へと進学
場末のバーでオリジナル曲を歌い続ける、このときは、まさに地獄の様な環境で毎夜のようにビール瓶や灰皿が飛び泥酔した客や極道から罵声や蹴りを浴び続ける日々であったが
ここで根性が鍛え上げられたと本人も述べており、後年に披露するリアリティに満ちた悪漢の演技もここでの経験と観察によるものであった
そして、ライブハウスでの活動も本格化し、苦労しながらも礎を気付いていきます。

20歳(year number 21-3)

財団法人ヤマハ音楽振興会主催の第12回ポピュラーソング・コンテストに出場。
『雨の嵐山』で入賞を果たす。
まだまだ、彼にとっては序章にしか過ぎませんが、3番である、発展の年に入賞という形で一つの成果を生み出したといえるのでは、ないでしょうか?

21歳(year number 22-4)

前年の入賞を機に、ビクターレコードより『雨の嵐山』で、デビューするもヒットせず

22歳(year number 23-5)

『巡恋歌』で第15回ポピュラーソング・コンテスト入賞を機に東芝EMIから同曲で再デビューし、南こうせつや庄野真代らとコンサートを本格化させる
ラジオのオールナイトニッポンのコーナーの担当をするようにもなる
そして、5番の年に前年のデビュー曲からさらに発展させることで再デビューを発し
5番の持つ数字のエネルギー通りに新しい風が吹きさらに外向きに多くの人々へ活発化して行くのです。

23歳(year number 24-6)

初のオリジナルアルバム『風は南から』をリリース

24歳(year number 25-7)

元々のアルバムの収録曲であった『順子』がファンの熱い要望によりシングルカット。
同年8月には、オリコンチャート1位に輝き、この曲の大ヒットにより、一躍トップシンガーの仲間入りを果たす。

25歳(year number 26-8)

全国ツアー初めてバックバンドをつけたり、初のピアノによる弾き語りや、アコースティックギターだけでなく、バンジョーやエレキギターを持つなど新たな試みが数々と披露された。
この時は、year number26-8番 トップシンガーとして仲間入りを果たしても尚、パワフルに夢の達成に向けて動きます。
そして、当時アイドル歌手であった石野 真子 と結婚もしています

27歳(year number 28-1)

石野 真子との離婚
初の主演テレビドラマ『家族ゲーム』が放映開始、俳優としても本格的に活動を始める
また何かを清算させたかったのでしょうか?
離婚という形でまた新たなスタートを切り、俳優としての活動を本挌化させていきます。

29歳(year number 3)
二桁の年もここで終わり大きなサイクルは2番へと入っていきます
未来の完成予想図を描きながら、人間関係と協調性の開発へと向かいます。
自身初のプロモーションビデオを制作

31歳(year number 5)
そして5番の年、さらに変化を付けることで、新しい風がどんどん吹き
アルバム『ライセンス』が第29回日本レコード大賞にてアルバム大賞を獲とく
志穂美 悦子と再婚をします

32歳(year number 6)

8年越しのシングル『乾杯』をリリース、ミリオンセラーとなる
主演したテレビドラマ『とんぼ』放送開始
同ドラマのタイトル曲となる『とんぼ』をリリース。ミリオンセラーを記録する

彼の歌や生き様が無条件の愛として若者達を中心に浸透し
去年、今年とシンガーとして俳優として大活躍を見せる。

33歳(year number 7)

主演した映画『オルゴール』が劇場公開開始
アルバム『昭和』リリース。ミリオンセラーとなる。
主演した映画『ウォータームーン』が劇場公開開始
ドラマ『とんぼ』『うさぎの休日』の演技が評価され、
まだまだ勢いは止まりませんが、この年にリリースされたアルバムや映画は、彼の内省や自己探求、精神性への目覚めが、見え隠れして入っているように思えたのは自分だけでしょうか?

34歳(year number 8)

NHK紅白歌合戦に初出場

35歳(year number 9)

主演したテレビドラマ『しゃぼん玉』が放映開始
シングル『しゃぼん玉』リリース。ミリオンセラーとなる。
この年が終わりサイクルナンバー9から1にピナクルナンバーが7から1へと移行する

37歳(year number 11-2)

シングル『RUN』をリリース。ミリオンセラーとなる
主演したテレビドラマ『RUN』が放映開始。同ドラマの打ち上げパーティー終了後に
ADに暴力をふるってしまう
アルバム『Captain of the Ship』がリリースされるが、歌詞盗作疑惑」が持ち上がり本人が謝罪した。

まだまだ、人気は、ありましたがADへの暴力や歌詞盗作疑惑が持ち上がる
この年は、11-2で2の感受性(霊性)の振幅が増し、理想に向かう揺るぎない心がどこかで、崩れ落ちたとき揺さぶりが起こりこういった行動を起こしてしまったのでは、ないでしょうか?

38歳(year number 3)

大麻取締法違反で逮捕され、処分保留のまま釈放、起訴猶予処分となる
自身3度目となる東京ドームにてライブを行う

40歳(year number 4)

再起後の最初のアルバム『家族』をリリース。


41歳(year number 5』
再起のアルバムを出した翌年は5の年
フォーライフレコードに移籍
シングル)『ひまわり』リリース。
環境を変え再び新しい風を吹かせるべく外へ外へと活発化していく

44歳(year number 9)

8年ぶりのロサンジェルスレコーディングアルバム『空』リリース。
金髪&肉体改造で新たな長淵スタイルを作り上げ翌年に向けて
新たにスタートする

そして、現在は57歳、全盛期の勢いは影を潜めたが、桜島でのオールナイトコンサートや
アリーナツアーを実施するなど絶大な若者たちの人気は、まだまだ根強く残っており、
また、ゆずの岩沢厚治、押尾コータロー、福山雅治、Mr.Childrenの桜井和寿、GLAYのTAKURO、つんくらも彼から受けた影響は大きいと言い彼が若者に与えた影響はかなり大きいものだったといえるのでは、ないでしょうか?
最近では、バラエティーやトーク番組にも出演しまだまだ若者たちにメッセージを発信し続けている。




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Reported by
Kansai Aeons Numerology Basic class
S. Okuda
by kej000 | 2015-08-25 12:34 | 数秘レポート