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IZ ~ すべてをうけいれる愛


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ISRAEL  KA`ANO`I   KAMAKAWIWO`OLE 
(イズラエル・カアノイ・カマカヴィヴォレ)

1959.5.20.生まれ 1997.6.26.没
愛称:IZ(イズ)
職業:歌手

IZはハワイ諸島がアメリカの50番目の州になる3ヶ月前の1959年5月20日に、ハワイ州ホノルル市内で生まれました。

【BIRTH】#(31-)22-13-4 (創造-修練-安定)

・#13-4は「修練」のカルミックナンバーと言われ、創造と破壊を繰り返し、常に学びを喚起させられるナンバー。障害の度に変容する修練を経験し、カルマの負債を清算することになります。34
0Kgを超える極度の肥満(最高450Kg)で、心肺機能に負担がかり、心臓発作を繰り返しながらも歌うことで人々にHealingをかけ続けました。
・#22は「創造」のマスターナンバーで、創造性にあふれ、天と地の懸け橋となるような社会貢献をするナンバーです。ハワイ王朝からアメリカ合衆国の50番目の州となる年に生まれ、Year Cyecleも#22で誕生しているので、アメリカンではなくハワイアンとして生きることを、歌を通して人々に気付かせ、ALOHAの愛のエネルギーを循環させる使命を持って生まれてきたのかも知れません。

【DISTINY】本名:#3(発展) 愛称:#8(秩序)
・#3は新たなものの誕生など、さらなる発展を表しています。表現力にたけていて精神的な喜びを人々に与える使命を持っています。歌手として、歌で自分の感情を誠実に表現していくことが与えられています。
・#8はリーダーシップや組織力を表すナンバーです。実兄の28歳での死後、イズは兄の意思である「ハワイ復権」を強制や押しつけではなく、自分のライフスタイルや、日常会話でもなるべく英語を使わず積極的にハワイ語を話したり、コンサートのパフォーマンスや選曲によって支援していくというミュージシャンならではの啓蒙活動を行いハワイアンがハワイアンらしくあることを誇りに思えるように先導していたと思います。
・#3と8の良いところがうまくミックスされて、IZの人生の使命や目的が現れていると思います。

【REALIZATION】 本名:#7(飛躍) 愛称:#3(発展)
・#7のたくさんの人と交流し、心を開放し分かち合うこと、#3の精神的な喜びを人に与えるというミッションは音楽活動を通じ飛躍、発展していったと思います。

【SOUL】 本名:#7(飛躍) 愛称:#9(完結)
・#7はたくさんの人と交流し、心を開放し分かち合うナンバーです。音楽活動を通じて多くの人と関わることで、ハワイアンとしての心、精神性を解き放っていたのでしょう。
・#9はカリスマ性をもったナンバーです。すべての数を経て、すべてを受け入れられる数です。アメリカの州になったことも受け入れつつ、ハワイアンとしての自己の核を定めて、エネルギーをそこに集中させ、ハワイアンの人々を導くことを実践していたのかもしれません。しかしながら、体調のこともあり、音楽活動、家族のことで大きくゆれうごいていたかもしれません。

【PERSONALITY】 本名:#5(変化) 愛称:#8(秩序)
・#5音楽一家に生まれたこともあり、多才で芸能に向き、自身も10代から音楽活動を始めています。ライブでは、事前に決めた曲順とは異なる曲を歌ったり、予測不可能でマネージャー泣かせのところもあったようです。
・#8でパワフルに音楽活動をして、ファンとの交流も積極的にされ、悩み相談などもメールで丁寧に対応されていたようです
・極度の肥満を改善できなかったところは、#5のa-matureの過度の依存、神経系統のアンバランスで動けなかったこと、#8の自己コントロールの欠如が作用していたかもしれません。

【STAGE】 本名:#10-1(絶対) 愛称:#7(飛躍)
・#10のカルミックナンバー。音楽一家に生まれ、才能にも恵まれた生活をされていたと思います。ハワイアン精神を核に音楽活動、文化活動を行うことで世界中の人々に癒しを与えていたと思います。#7にある、人々の心を豊かにするというミッションやスピリチュアルな分野での活躍もなされていたのではないでしょうか。

【CHALLENGE】 本名:#6 愛称:#6(調和)
・本名、愛称でも#6.愛(ALOHA:思いやりと素直な心を持って、他者に感謝し、慈悲と愛情を与え幸福を分かち合う)スピリットを、音楽を通じて広めることにチャレンジしつつ、家族のことも大事にしていたと思います。

【NATURE】 本名:#7(飛躍) 愛称:#4(安定)
・#7の親しみやすさ、#4の安定感(風貌)そのものです。

【ACTION】 本名:#5(変化) 愛称:#1(絶対)
・#5仲間を作って音楽で発信して、#1焦点を定め、行動をもってハワイアンを導いて生きました。
【 TYPE Ⅱ】 
・SURPPORT 5:自立を促す才があります。ハワイイ語を日常でも使用したり、コンサート等の音楽活動を通じて、ハワイアンの人々にハワイアンであることを誇りに思い、その精神や文化を守っていこうと促していたように思います。ただ、バンド活動での意見や方向性での衝突もあったと思われます。
・LEAD 1:ハワイアンとしてのリーダー的存在。独自の音楽やライフスタイルでリードしていました。
・愛称では#3が5個あります。自分が楽しく歌い、その波動を他人にも合わせてその人をHealingできる人です


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【 HISTORY】 

参考:追悼番組、ウィキペディア、http://niagarastudio.nomaki.jp/,
http://www.izhawaii.com/


若年期 youth number #5

「新しい風」「環境の変動」形になったものが外向きに活性化するナンバー。
IZは15歳まで2桁のYear Cycleナンバー。ハワイ王朝からアメリカ合衆国の一州として変わった年に生まれ、歴史的にもハワイの混乱時期に15年間を過ごしています。

0歳(year number 22)
IZは1959年5月20日、ホノルル、カイムキ地区の音楽家族という恵まれた家系に生まれました。 家族が集まると即席のセッションがよく開かれたようです。イズの叔父は、モエ・ケアレ。ハワイでは有名なミュージシャンとのこと。
Birth #22でYear cycle #22なので、卓越した才能を持って、アメリカナイズされていくハワイの現実社会での大きな事業の取り組み(ハワイアン文化・精神の継承)をすべく産まれてきたのかもしれません。しかしながら、#22のa-matureな衝撃的なダメージとして、極度の肥満、心肺機能への負担など#4の要素でもある身体の現実的な問題も抱えていました。

10歳(year number 23-5)
変化の#5:家族はマカハ(オアフ西部)に引っ越します

15歳(year number 28-10-1)始まり、新たなステップ。
ビーチでウクレレを弾いていたIZを、ジェリー・ココが見つけ、ムーン・カウアカヒとジョン・ココを紹介。 IZはその時、彼の兄(スキッピー)と従兄弟(メル・アミナ)を紹介。この出会いがバンド活動の始まりとなっていきます。

17歳(year number 3)発展、新しさの誕生
「マカハ・サンズ・オブ・ニイハウ」結成。最初のメンバーは、スキッピー、ムーン、メル・アミナ、サム・グレイ。そして、IZでした。

23歳(year number 9)精神的成長、次の光へ
IZの実兄である、スキッピーの28歳での心臓発作による突然の死はIZの転機となります。兄はハワイをアメリカの州ではなく、ハワイ人の自治体にしようと「ハワイ主権復興運動」に意欲的にとりくんでいました 。IZも含め、誰もが「実現不可能の夢物語」と思っていました。しかし、兄の死以来、IZは兄の意思である「ハワイ復権」を訴え続けます。それは強制や押しつけではなく自分のライフスタイルや、日常会話でもなるべく英語を使わず積極的にHAWAI`I語を話したり、コンサートのパフォーマンスや選曲によって支援していくというミュージシャンならではの啓蒙活動でした 。「Hawai`I 78」では、「かつての王、王妃が今のハワいを見たらどう思うか」と問いかけています。また、この時期に幼馴染と結婚し、一人娘を授かっています。

26歳(year number 11→3)
ニイハウのマカハ・サンズは、毎年恒例のナ・ホク・ハノハノ・アワード授賞式で最優秀伝統的なハワイアン・アルバムとグループを獲得しました。グループとしての音楽表現がHealingに繋がり、受賞となったのでしょう。

29-30歳(year number 6→7)調和→開放
 人気絶頂の頃この時期に、イズはバンドから独立。ソロ活動を始め 1989年初のソロアルバム「Ka 'Ano'i」 を出します。独立の理由には様々な原因があると言われているようですが、同年IZは大きな心臓発作を起こし入院しています。340Kgを超える体では、ツアー活動も身体的に難しかったのかもしれません。(#6)
彼の追悼番組の中で、兄がなくなった年齢、また同じような極度の肥満の状況から、いつ兄と同じようになるかを心配し、残される妻や一人娘のために少しでも多くの作品を残し、生活に困らないようにと口にしていたとのコメントがあり、夫として父としての愛情(#6)から、自分の人生や思いをソロ活動で開放しようとしていたのかもしれません(#7)。

34歳(year number 11)霊性
1993年の「Facing Future」の中の「Somewhere Over The Rainbow/What A Wonderful World」でハワイ以外でも広く知られるようになりました。ハワイは虹がたくさん出て、州のシンボルにもなっています。ハワイアンIZの世界観、霊性の一面が表現されている曲と思います。自分自身のレーベルでの初めての発売アルバム、本名を前面に使いだし、減量に取り組み始めたのもこの曲の入ったアルバムからの様です。

37歳(year number 5)変化
ソロ活動のさなかも、マカハの側からは「いつでも戻ってくれば歓迎する!」という投げかけをしていたようですが、再結成は実現しませんでした。しかし、「歴史的和解」と呼ばれるほどの事起こりました。ソロ歌手としてホク・アワード授賞式に出演したIZは、彼の義兄ムーンの作った「カレオハノ」を歌いはじめたところ、マカハ・サンズの3人が舞台にのぼってきて、IZを囲むようにして一緒に歌うというハプニングが起こったのです。会場は総立ちとなり、歌い終わって抱き合う彼らに惜しみない拍手が続きました。IZにとって、グループや家族との繋がりを再確認できた出来事だったのではないでしょうか。

38歳(year number 6)調和
1997年度の「最も好かれたエンターティナー賞」を受賞するほどの人気者となっていましたが、授賞時には彼は入院していました。そして、1997年6月26日、IZは38歳という若さでこの世を去ります。死因は肥満による呼吸器不全でした。
その16日後の7月12日、オアフ島の西のマクアビーチに何千人という人が集まり、海の中のおびただしい数のサーファーたちが見守る中、ホクレア号で運ばれたIZの遺灰は神聖な海にまかれました。
#6は別れを通じて強さを養う時期。IZは彼の身体のような大きな「愛」を私たちに残して、虹の向こうへと旅立っていきました。


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http://niagarastudio.nomaki.jp/によると「IZは敬虔なクリスチャンで、キリスト教のUnconditional Love「すべてをうけいれる愛」が彼のテーマだったようです。色々な人種が集まるハワイ、そのハワイをワンダフル・ワールドにするには、人種を含め、色々なものを受け入れる愛が必要だと説いた。IZは、すべての人が平和で差別のない世界(ワンダフル・ワールド)に住むことを望んだのです。「Over the Rainbow/What a Wonderful World」の中にこのような歌詩があります。

<訳詞>
空に映える虹が美しい/通りすぎる人々の顔も美しい/友達同士が手をとりあい、元気かい?とあいさつする/子供の泣き声が聞こえる。みんな大きくなっているんだ/みんな、今まで以上にわかってきている/そして僕は思うんだ。なんて素敵な世界なんだと


カバー曲ですが、イズらしい選曲だと思います。彼の求めたワンダフルワールドは、「ハワイ復権運動」に昇華します。ハワイ人に自治権をもたせようとするのです。誰から見ても不可能であることは自明です。しかし、この運動が何も生まなかったかというと、そうでもありません。ハワイ人がハワイ人であることに誇りと尊厳を見出したのです。」
IZと書く彼の愛称「イズ」は現在を表す動詞のISと発音が同じため、「彼はいつまでも過去(WAS)の人ではなく現在の人であり続ける」というフレーズが新聞や雑誌の記事によく登場していたようです。

今回のレポートでは、自分のアイデンティティー、ルーツを大切に、病を抱えながらも、今この素晴らしい世界に生きている事に感謝、この事を改めて確認するために今回数秘で彼を読むことになったのだと思います。

ALOHA & MAHALO 

三澤しのぶ(AEONS 9期生)
by kej000 | 2016-04-07 21:23 | 数秘レポート