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いのちをむすぶ おむすびの祈り*佐藤初女 vol.2


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いのちをむすぶ おむすびの祈り
Omusubi, Connecting Lives
Sato Hatume


続き編です。
こちらを最初にご覧になっている方は、是非、Vol.1からお目通しくださいますと嬉しいです。



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<人生の年表>
History 主な出来事


1926年 5歳(#17-22)
教会から聞こえるアンジェラスの鐘の音に心惹かれる初女さん。
高い波動をこの頃から受けていたのでしょう。

1934年 13歳(#14-21)
父親の事業が失敗し青森市から函館へ転居。
14の数字の示す、家族との協調、家などの余儀のない変化を体験することによって、
真の建設的な自由とは何か?を学ぶサイクルにありました。

1938年 17歳(#15-16)
結核、カリエスを発症。
女学校を中退し青森へ戻る。このころ聖女テレジアの自伝『小さき花』に出会う。
サイクル15(デビル)16のときの出来事です。
数字の16は、真理の探求を意味する数字で、多くの体験や事態に遭遇し
何度も価値観を変え、心理とは何かを探求することになります。
また人生の途中から運命的な絆に吸い寄せられるように神秘的な方向性へ
向かうことも示唆します。
初女さんにとっては、結核を発症し、同じく結核に苦しみながらもその信仰を全うした聖女テレジアとの出会いがありました。のちに洗礼を受けた初女さんは洗礼名を「テレジア」とされました。

1939年 18歳(#15-17)
小学校教員となる。

1944年 23歳(#15-22)
校長だった佐藤又一氏と結婚。
26歳の年の差、子連れ(長男24歳、長女21歳、次男18歳)という条件に
両親は猛反対するが、娘の意志の固さに最後は折れて結婚。
それを機に夫とともに小学校を退職。
なんともドラマチックな選択をした初女さん。
ちょうど22の数字の年でした。
大きな視野の愛のもと、新しいステージに向かったことを意味しています。

1945年24歳(#15-23)
空襲で焼け野原となった青森市から弘前市へ転居。その後、生涯を弘前を拠点に活動します。

1947年26歳(#16-16)
妊娠。命の保証はないと何人もの医師から出産を反対される。
16の数字のサイクルの始まった年です。
愛や信頼の価値を修正し、真理とは何かの探求が始まりました。

1948年27歳(#16-17)
息子を出産。

1953年 32歳(#16-22)
女学校時代からの念願であったろうけつ染めを習い始める。
このろうけつ染めが、のちに自宅で教室を開くことにつながり、
弘前イスキア、森のイスキア活動へと発展します。
初女さんの活動の拠点は、この22の数字の年に始まったと言えます。

1954年33歳(#16-23)
弘前カトリック教会で受洗。
霊名はテレジア

1956年 35歳(#16-25)
結核が完治したと実感。17年にわたる闘病生活が終わる。
一方、長年、桜の研究に没頭していた夫の又一氏が
自ら作詞作曲した「弘前さくら音頭」の発表会に
退職金を使い果たし困窮。

1957年36歳(#17-17)
染色作品が青森の物産として選ばれ、全国の百貨店に出品。
また各地の会場に出向き実演や染色指導を行うようになる。
新しい17の数字のサイクルの始まりの年でした。

1962年 41歳(#17-22)
この頃より初女さんの人柄と美味しい手料理を慕って
自宅に人が集うようになる。自然に悩み相談をうけるようになる。
数字の22の年です。その後の初女さんの活動の礎となる活動がここから
始まっています。

1970年 49歳(#18-21)
敬愛するヴァレー神父の「奉仕のない人生は意味がない」というお説教を聞き
大きく心を揺さぶられる。本格的に奉仕の道へ進む決意をする。

1973年 52歳(#18-24)
夫又一氏が逝去。亡くなる一週間前に受洗。

1978年 57歳(#19-20)
弘前学院短大で非常勤講師となり染色を教える。
数字の19のサイクルに入っています。
家族や自分の殻から抜け出ようともがく数字です。
激動の変化をくぐりつつ、真の力のあり方を普遍の真理を学ぶことによって
自立し、本当の意味での自信と威厳を現実社会で確立していくことを学ぶ時期と言えます。

1979年 58歳(#19-21)
主宰する弘前染色工房のために自宅の庭にろうけつ染の教室を増築。

1980年59歳(#19-22)
ヴァレー神父の急逝。

1983年62歳(#19-25)
長期滞在する人も増えたため自宅スペースを広げたいと願っていた初女さんの思いに様々な人が答えて、寄付により2階を増築。弘前イスキアと命名。地元の主婦たちがボランティアで活動を手伝うようになる。


1985年64歳(#19-27)
ヴァレー神父の意志を継ぎ、特別養護老人ホーム大清水ホーム後援会副会長、弘前カトリック教会信徒会副会長、日本共助組合連合会理事に就任。

1988年67歳(#2-3)
弘前イスキア開設5周年を迎え、感謝の記念ミサが開かれる。
5年間に訪れた人の数は400人を集い、自宅に長期間人を受け入れることに
限界を感じ、「自然の中にみんなが集い、安らげる場所を」と願う。

この前年の66歳から初女さんの人生は1桁の数字が始まります。
それまではずっと2桁の数字で続きでした。
自分の力ではなんともならない
状況の中で生き抜いてきました。
これからが初女さんの主体的な人生の幕開けです。

1989年 68歳(#2-4)
長年親交を深めてきた女性の両親から支援の申し出を受けて
岩木山山麓の土地購入。
日本善行会賞受賞。
数字の4が示す、安定、建設、基盤。
森のイスキアの基盤となる場所を確保した年となりました。

1992年 71歳(#2-7)
森のイスキア完成

数字7の年に完成しました。
飛躍の数字でもあり、深く一つのことを探求する数字でもあります。
弘前市内から車で1時間ほど行った、岩木山の麓に位置する
森のイスキア。世俗から離れて自然の中で内省する場所が完成したのです。

1993年 72歳(#2-8)
アメリカコネチカット州ベツヘレムにあるレジナ・ラウディス修道会から鐘が届く。
森のイスキアに鐘を響かせたいという夢が叶う。
ミキ女性大賞、ソロプチミスト女性ボランティア賞、弘前市シルバー卍賞受賞

1994年 73歳(#2-9)
ドキュメンタリー映画『地球交響曲第二番』への撮影開始。

数字の9の年に始まりました。
今までの初女さんの生き方を集大成する機会になりました。

1995年74歳(#2-10)
ドキュメンタリー映画『地球交響曲第二番』公開され、一躍脚光を浴びる。
東奥賞、国際ソロプチミストアメリカ連盟女性栄誉賞受賞

10の年の出来事でした。
それまで東北地方で知る人ぞ知る活動を地道に展開してきた初女さんですが
全国、世界に知られるひととなりました。


1997年76歳(#3-3)
宮城県青年の船に招待され、ロシア、韓国を巡る船上で公演する。
「おむすびの祈り」、「朝一番のおいしいにおい」が出版される。

3のサイクルがスタートした年です。
初女さんの持ち前のインスピレーションで導かれるまま
魂の喜ぶ旅が始まりました。
この後、全国各地、世界各地を飛び回りまわる生活が始まります。

1998年77歳(#3-4)
弘前イスキア、森のイスキアの命名の由来の地、イタリアイスキア島を訪問。

1999 78歳(#3-5)
バングラディッシュを訪問。
本2冊出版。

2000年79歳(#3-6)
鐘を贈ってくれたアメリカのレジナ・ラウディス修道会の院長が森のイスキア訪問。
本出版。
森のイスキアの裏の土地を確保したいという夢が、長年親交を深くしていた方の遺志により叶う。息子の芳信さんが「小さな森」と命名。

2001年80歳(#3-7)
アメリカ3箇所(ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨーク)でおむすび講習会。

2002年81歳(#3-8)
息子芳信さん逝去。
森のイスキア10周年を記念して岩木山の巨石が設置される
本出版、NHK「こころの時代」に出演。


2003歳82歳。(#3-9)
「小さな森」をみんなが憩える場所にしたいという初女さんの思いを汲んだ支援者が
修景に着手。
本出版

2004年84歳(#3-11)
「小さな森」完成

2006年85歳(#3-12)
シンガポール訪問
テレビ東京「誰でもピカソ」出演
本出版

2007 86(#4-4)
本出版

2008年87歳(#4-5)
ハワイでおむすび講習会
本出版
数字4の周期が始まっています。

2009年88歳(#4-6)
ベルギーでおむすび講習会実施。
本出版

2010年89歳(#4-7)
知人より森のイスキアの近くの土地の提供を受け、念願の畑づくりを開始。
NHKプラネットの依頼にで「生物多様性」について講演。
本出版

数字7の年から、生物多様性について講演をしています。
今までの初女さんの食べもの、命と向き合うことの洞察が深まった結果と言えます。

2011年90歳(#4-8)
東日本大震災を経験。
パリでおむすび講習会。
本出版

2013年 91歳(#4-9)
「世界の平和を祈る祭典in 日本平」でキリスト教徒代表として登壇。
マザーテレサの言葉を読み上げる
主よ、きょう一日、
貧しい人や病んでいる人々を助けるために、
私の手をお望みでしたら
今日、わたしのこの手をお使いください。

主よ、きょう一日、
友を求める小さな人々を訪れるために
わたしの足をお望みでしたら
今日、わたしのこの足をお使いください。

主よ、きょう一日、
優しい言葉に飢えている人々と語り合うために
わたしの声をお望みでしたら
今日、わたしのこの声をお使いください。

主よ、きょう一日、
人というだけで
どんな人々とも愛するために
わたしの心をお望みでしたら
今日、わたしのこの心をお使いください。

ダライ・ラマと対面し、おむすびを振る舞う。
本出版


2014年 93歳(#4-11)
本2冊
2015年94歳(#4-12)
本出版
2016年94歳(#4-12)
2月1日逝去 月ナンバーは5から6へ変わったところでした。6は生と死、境界を超えることと意味します。

最後に、初女さんの最後の著作『いのちをむすぶ』のあとがきから、初女さんのこの言葉を引用して、結びにしたいと思います。

_________________________
私は今、94歳です。死にたくはないけど
死ぬことはこわくありません。
夫の信条は「最期の最期まで生きんとして生きる」でしたが、
私もこれまで通り、神さまにいただいたいのちに感謝しながら、
最期のときまで真実にいきていきたいと思っています。
(中略)
昔のように動けなくなったことは残念ですが、原点に返ったつもりで、
弘前の自宅で訪ねて見える方々をお迎えして、いのちを伝える活動をつつけています。
手料理でおもてなしすることもままならないけれど、ひとつの出会いがまた次の出会いへと
結ばれ、融合し、うねりとなり、波のようにどこまでも広がっているのが、はっきりと感じられます。
ひとりひとりに森のイスキアが宿っているー。そのことが何よりの励みです。

私も、もっともっと働きたいと願っています。
人はいくつになっても航海の途上にあるのですから、一歩でも半歩でも進み、少しでも広がっていきたいのです。
もうできないと悲観するのでなく、希望を持って次の展開を待っています。

2016年 まだ見ぬ海の彼方を夢見ながら 佐藤 初女


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*****************

初女さんと自分をつなぐもの。
しばらく考えて、思い浮かんだのは、
HOME、という言葉でした。
私は、いつからか、ホームを求める気持ちがありました。
自分自身がホッとくつろげる居場所。
心通い合う人たちと、そんなホームを作れたら。
そして、そんな仲間に囲まれて、旅立てたら、幸せ。
いつか、行き場のない人たち、静かに生活できるホームを作りたいと夢を持っています。


初女さんは、相手の方がホッとくつろげる、「ホーム」そのもののような方でした。

4年前、雪深い1月に弘前イスキアに初女さんを訪ねました。
お会いした初女さんの印象は、一言で言うと、「自然体」。
それは、流れる水のようなしなやかな自然な存在でした。
そして、ご自身の心と体を、最後の最後まで使い切るという
静かな信念が存在から感じられました。
それは、覚悟、という大げさなものではなく、
本当に、静かな信念。

冬の弘前は、それはそれは雪深く、何もかもが真っ白に埋め尽くされていました。
大きな自然を前に、私たち人間が何をあがいているのだろう。
人と人との間で生き、苦しみ、逃れるようにやってきた弘前は
私を優しく迎えてくれました。
大きな自然の前ではなんともならない、
そんな諦観を持った静けさを場所から感じました。
またそうした自然を前に、
人同士がゆるく結びつき、謙虚で優しい空気を感じました。


数秘を学ぶと決めて、卒業readingは初女さん、と思っていました。
同じ8、3、11−2を持ち、初女さんのソウル数9は、
自分のステージ数でもあります。

初女さんをreadingして、私は正直、こんなに偉大で地道で謙虚な生き方を
私はできるのだろうか。
否、初女さんだからできたことで、私にはとても無理。
そう思いました。
初女さんの言葉は、とてもシンプルで真実です。
「今を生きる」「いつも感謝の心で」

いつも感謝の心で、今を生きていたなら、自然と脚元に道が見えるでしょう。

この世に生まれてきたとき、人の間で生きようと決めてきた自分。
いつしか、この世に生きていく中で、方向を見失いつつありました。
今回、生まれてきたのは何のため?
自分が持って生まれたこの数字に込められた意味。
それを初女さんがもう一度気づかせてくれました。
私にとっても、神とつながることは行動すること。
祈りは行い。
魂が喜び輝くことを選んでいこう。
どんなに揺れ動いてもいい。
どんなことが起きても、すべては魂の経験。
透明に生きる。
自分を限りなく透明に、神様の一滴を受け入れられる器でありたい。
そう思いました。

すべては魂の経験のため。
これからは、恐れずに、自分の魂の声に従って
一歩一歩前に進んでいきたい。

そんなふうに感じました。
Viva初女さん!

Aeons Numerology the 10th Basic Class
Reported by Kannon @Kawagoe class
by kej000 | 2016-08-06 10:11 | 数秘レポート