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沢穂希*その強さの源を紐解く

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澤 穂希
SAWA HOMARE

1978年9月6日生まれ
なでしこジャパン元代表選手(2015年現役引退)



1986年 小学校2年生で地元府ロクサッカークラブ入団
1991年 中学入学現日テレベレーザ入団
1993年 15歳代表選出デビュー戦4得点
1999年 大学を中退し渡米
2000年 アメリカクラブチームでプロ契約
2003年 アメリカ女子プロリーグ休止の為、帰国
2004年 日テレベレーザプロ契約選手で復帰 なでしこジャパンの誕生
2006年 2008年 なでしこリーグMVP
2009年 ワシントン・フリーダムへ移籍
2011年 INAC神戸移籍 ワールドカップ・ドイツ大会優勝
2012年 バロンドール賞受賞 良性発作性頭位めまい症を発症 ロンドンオリンピック銀メダル
2014年 アジアカップ初優勝
2015年 ワールドカップ・カナダ大会準優勝 W杯6大会連続出場
2015年12月27日 皇后杯 全日本女子サッカー選手権大会、決勝戦決勝ゴールを決め引退



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華々しい功績ばかり並ぶ澤穂希さん。
2011年ワールドカップ・ドイツ大会優勝
1度も勝てなかったアメリカ相手にPK戦の末勝利した。日本サッカー史上初のWカップ優勝へ導いた。
世界1を勝ち取ることを目標に、長い年月かけて地道に走り続けた。目標に向かい、あきらめずに日々努力する凄さ。挑戦し続ける強い意思はどこからくるのか?彼女の強さの源について紐解いてみたい。



【誕生数】~生まれ持った資質・才能・運命~

『22-4』【創造-安定】
鋭い感受性を持ち、それを形にする創造性豊かなナンバーです。
マスタービルダーと呼ばれ、社会が求めるものを感受し、広い視野と実行力をもって、天と地の架け橋となるような社会貢献をするとされているナンバーです。
利己主義にならず、世の中のためにエネルギーを広く循環していくことで、卓越した才能が開花し、高き理想をも現実化する力を持ちます。そのためには2+2足して4の物事の基礎を真面目に取り組み、土台を築き、2のダブルの力、強い感受性で人々を受容していくこと。自己の目的を公的なものへと定め、目の前のことから着実に仕上げていくことといわれています。

澤さんは、小学校2年生の時、地元サッカークラブの入団を断られましたが、お母さんが何度もお願いし入団することができました。澤さんのサッカー人生はそこから始まります。大きな大会では、女子の参加が許可されず、出場出来ずに悔しい思いをしたこともあるそうです。澤さんは何度も何度も基礎を繰り返し、基礎を磨き上げることに時間を費やし、それが今のサッカーの土台となっているといっています。
そんな澤さんでしたが、一度だけサッカーの道が閉ざされそうになったことがあります。
所属チームでの契約更新がない20歳の頃、必死の思いで渡米を決意します。ここからが本当の挑戦となります。
澤さんは15歳の頃、両親が離婚されています。それからは母子家庭生活の中、高い学費を払って入学した大学中退をし、渡米を決断。体格、パワーでなかなか敵わない海外での挑戦で幾度も幾度もチャレンジしました。覚悟を決めた渡米の中、弱音を言わず、吐くことも許されず、自らを鼓舞し努力したのだと思います。

やがて努力と忍耐力で自分なりに見出した答えを実践し、海外でも認められるようになりました。そして日本人がアメリカでプロ選手としてプレーする、最初の道を拓きました。海外での経験で揉まれながら気付いたことは、パワー、体格で適わなくとも、優れた技術力、ボールが来た時の瞬間的な判断の早さだと言います。澤さんのこの経験が日本女子サッカーに光をもたらします。世界1の目標が澤さんだけが抱く目標ではなく、日本女子サッカーへの目標に変化していきました。後に続く後輩の道を切り開き、海外で挑戦する女子選手が増えてレベルアップしていきました。高き理想を掲げ、幾年も掛けて努力し走り続け、日本のサッカー界のために、人々に希望を与えるために邁進し、その結果得た偉業。日本国民のどれだけの人が世界一を信じていたでしょうか?しかし高く目標を定め、自らが努力し続けること、そして信じることでチームをまとめ上げ、世界一の栄冠を手に入れました。高き理想が現実化することを彼女は教えてくれています。澤さんの魅せ続けた背中は、とても大きかった。それは決して簡単な成功ばかりではなく、厳しく険しい茨の道だったからこそ大きく強く感じられたのだと思います。



【運命数】~人生における目的・使命~

『5』【変化】
好奇心旺盛で革新的な人。常に変化を求め、興味のあることに次々チャレンジします。
未知の世界の解明と、それを広く人々に新しい知識を与え、教え導くことが使命とされています。
システムを学び、その中で多岐に渡る才能を身につけていくこと。深く経験し、単なる欲望、知識とせず、智慧に変えていくことです。
集中力を養い、じっくりと経験を積むことで内面の自由を見つけることとなるとされています。



【ソウル数】~魂の求める欲求・深層心理~

『14-5』【自由-変化】
14カルミックナンバーで「真の自由を学ぶ」ナンバーとされています。
家族との協調、家や職の余儀ない変化などによって、真の建設的な自由とは何かを学ぶ。
柔軟に形式に捉われることなく自由に人生を切り開くこと。

澤さんは、20歳の時、アメリカのクラブチームへ移籍しています。大学を中退し、渡米を決断しました。
誕生数の4【安定】と運命数の5【変化】の間で葛藤し、安定に執着せず、新しい土地での新たな経験に挑戦しました。文化や言葉、食生活などの不安を抱えての決断。米国での生活は言葉がまったく通じず、ホームシックにかかり何度も日本へ帰りたいと思ったそうです。実力もなかなか認められず、パスも回ってこなかった。体格やパワーの差も縮まらず悩みもがいた日々、その中で見つけた答えは「自分のプレーを貫き通す」こと。その結果チームの中心選手となっていった。この米国での経験が彼女を大きく成長させました。

自分の力がどこまで通用するのか未知数の中、単身海外へ飛び出し、多くの経験をして才能を得ていきました。
得た才能を、強豪チーム相手に発揮し、日本女子サッカーの可能性を見出して行った。
澤さんは30歳の時、2度目の渡米をしています。この時も決断には多くの時間を要し、生活は充実し、安定した環境を捨て、成功するかわからない米国での再挑戦。安定とリスクを天秤にかけていて決断ができなかったと述べています。勇気ある決断をし、変化、成長を望み更なる高みを目指して、米国での経験を積み上げていきました。帰国してからは、強い外国チームにどのようにしたら、日本が勝利することが出来るのか、組織力の強さ、細かい足技、パス回し。自らがプレーすることで選手に伝えてくれていました。

様々な決断には、母の力、存在が大きく彼女を支えてくれていました。
~「チャンスの波に乗りなさい」~この言葉はお母さんが澤さんに伝えていたことです。
チャンスは必ず誰にでも訪れ、そのチャンスの波に乗るかどうかで人生が大きく変わる。だからこそ、チャンスの波が来たら、あれこれ悩むよりも、逃がさずに乗ることが大事。この言葉には、そんなメッセージが込められています。
「母からこの言葉を言われていたからこそ、チャンスだと思ったときは、迷わずに思い切り行動にでられました。未だにこの言葉は胸の中にいつもあります。だから可能性がある限り、絶対にチャレンジするって決めてるんです。やらないより、やって後悔したほうがいいですから」とインタビューでも述べています。

いつでも不安や恐怖を打ち消すために意識している言葉なのだと思います。真の自由を学ぶため、変化に立ち向かい、内面の自由とは何なのか、制限をかけずに内面が開放されることを、経験を積み重ねることで見つけて行きます。自分の思いを断ち切り、現状から飛び出して未知の世界へのチャレンジ!この精神を培うこと、経験を持って力に変えて行きました。



【実現数】~人生での可能性・実現性~

『9』【完結】
深い慈悲と寛容さ。愛と理解力を持って穏やかに人類愛を実践することです。
不要なものを手放し、自分も人も許すことで全てを受け入れる真の強さを得ます。
混沌の中、自分だけでなく、自分の背中を追い続ける後輩、未来を担う子どもたち、世の中の人々に影響を与え、教え導くことです。



【人格数】~外なる自分・他者から映る自分~

『9』
オープンで寛大。人の気持ちを理解し、多くのことを共感している印象を与えます。
物腰が柔らかく冷静。柔軟性があり幅広い人々と交流の出来る人

『苦しくなったら、私の背中を見て』
多くを語らず、この言葉に掛けた思い。チームを信じ、自分を信じて自らが原動力となり、前を向き走り続けた。その背中を見て、チームは追いかけ、共に走り続けました。澤選手の存在がチームに活力を与え、観ている人々に勇気を与えてくれました。
澤選手はベンチスタートの多い時期でも、チームメンバーを支え続け、貢献する姿。ピッチに入った時、他選手に与える安心感。そこからの軌道修正力は観衆の期待を大きくしました。
澤選手の姿は、多くの選手、これからプロを目指す子どもたちに大きな影響を与え、目標を創り出してくれる大きな存在となりました。

今では陽気に優しく笑う澤さんですが、渡米前はシャイで人見知りだったようです。
米国生活で英会話も上達し、曖昧な表現の通用しない米国、はっきりした意見や態度を求められる風土に馴染み、変化していったようです。
交流関係も広く、サッカー界だけでなく幅広い分野の方との交流も多いようです。
友達関係では、男女問わず、悩みを相談されることが多く、他人と喧嘩になったこともないそうです。


【Stage数】~活躍する舞台~

『6』【調和】
真・善・美、調和、愛のナンバー。
完璧主義にならず、あるがままを受け入れ、まずは自分を愛し、人々を愛すること。
愛と思いやりを持って人々へ奉仕する。平和と美を愛し社会貢献をしていくことです。


【Challenge数】~チャレンジする課題~

『5』
現状に留まることなく、変化を恐れず多くのことを経験して、人々に伝えること。
柔軟性と機敏さで進み、自分の枠組みを外して、新しい世界への冒険をしていくこと。
経験を積み重ね、広く啓蒙していくことがミッションです。

運命数・ソウル数に持つナンバーでもあります。
現状の自分に満足することなく、自分の抱く恐怖や不安に打ち勝ち新しいことを経験してきています。
今ある充実した生活、安定を断ち、変化を受け入れ挑戦した後は、いつでも成長した澤選手でピッチに立ち続けてくれていました。
“変化することが不安なのは、いつだって決める前だけだということ”と述べています。


【Nature数】~素質~

『11-2』【霊性】
 鋭い直観力と洞察力を持ち、豊かな感受性で人々を受け入れます。バイタリティーもありリーダーシップを発揮します。


【Action数】~行動パターン~

『1』【絶対】
素早い決断力があり行動的。独創性があり創造性を表現する先駆者となります。人を先導するリーダー



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***Cycle・Pinnacle・Challenge Number***


0~32歳
【Cycle Number】~環境や大きな流れ、向き合うテーマ~
『9』
様々な体験を通して人を受容し、不必要なものを手放し、本物を見抜くことがテーマ
直観力が鋭く、人の本音、状況を見抜き、社会貢献や奉仕活動に携わる経験が多くなる時期です。
混沌とし大きな揺れ動きのある年代でもあります。多くを経験することで自己を成長させ、他者理解を深める時です。

【Pinnacle Number】~その時の状況やあり方~
『15-6』
家族の問題から内面の強さを養う時期
家族や近しい人から多くの影響を受ける時期。周りの人からの期待に応えること、人に感謝されることで喜びを感じる。人への奉仕、愛を注ぐことを多く経験するでしょう。他者への愛、自己への愛、愛し愛されることの大切さを実感し学ぶ時期です。

【Challenge Number】~挑戦する課題や遭遇するトラブル~
『3』
自分を表現することが課題となる時期。
創造性、感性を自分らしく表現することがチャレンジとなります。


《Year Cycle 2》7歳の時、兄の影響で地域のサッカーチームに入団。
《Year Cycle 5》10歳 いじめに遭う。
《Year Cycle 9》14歳 日テレベレーザ入団
《Year Cycle 10》15歳 両親の離婚 サッカー日本代表
《Year Cycle 3》17歳 アトランタオリンピック代表入り
《Year Cycle 7》20歳 大学中退 渡米 アメリカクラブチーム入団
《Year Cycle 11》25歳 大怪我の中、アテネオリンピック予選活躍、オリンピック出場を得る
《Year Cycle 12》26歳 大活躍、アジアMVP、チーム優勝
《Year Cycle 7》30歳 二度目の渡米
《Year Cycle 9》32歳 INAC神戸移籍 ワールドカップ初優勝・大会MVP 国民栄誉賞


大きな愛を持って、人々を受容し、表現していくことがテーマの時期
出会いと別れを多く経験し、家族、友人、世界との繋がりを経験し、視野を広げて、大きな愛を学んだ時期だと思います。《Year Cycle 11》25歳の時、オリンピック最終予選では大怪我をして、戦線離脱をしていました。
チームメイトに、「なにもできなくていい、ピッチに立ってるだけでいいから」と懇願され、痛み止めを打ち痛みを堪えての出場。見事五輪の切符を手に入れました。チームメイトの愛、それに応える大きな愛を持って勝利した。その後は多くの仲間、スタッフの支えで厳しいリハビリを乗り越えて、オリンピックの舞台で活躍をした。
20歳、30歳共に《Year Cycle 7》の時渡米、世界を経験し、視野を大きく広げ彼女は飛躍していきました。これらの活躍で、澤選手は日本のレジェンドと称され、人々に大きな喜びと希望を与えてくれました。


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 33~50歳
【Cycle Number】
『6』【調和】
 調和すること。人のために役に立つこと、世の中のために自分が出来る事を考える。奉仕や育成の時期です。
 人との関わりが多くなる時期でもあります。近しい人へ愛を注ぎ、社会貢献し、責任も学び奉仕の精神を培います。
【Pinnacle Number】
 33~41歳 『13-4』【修練-安定】
『4』安定、基盤づくりの時期。安定を手に入れる時期
『13』修練、創造と破壊を繰り返し、常に学びを喚起させられる時期。本質に目覚める時でもあります。

【Challenge Number】
 33~41歳 『1』
 リーダーシップ、自立について学びが課題となる時期。

《Year Cycle 10》33歳 FIFAバロンドール賞受賞 ロンドン五輪銀メダル 
病気(良性発作性頭位めまい症) 
《Year Cycle 12》35歳 代表落選
《Year Cycle 13》36歳 カナダワールドカップ銀メダル 結婚
《Year Cycle 5》37歳 サッカー引退新たな道へ・・・


本質に目覚め、人々のために奉仕し、調和して行くこと。リーダーシップを学ぶことがテーマとなります。
病気や代表落選などの経験で新たな発見、挑戦を見出し見事代表復帰しました。家族、安定を求める時期に結婚をしています。新しい命が授かったとのうれしいニュースも届きました。どんなお母さんになるのか楽しみです。
調和しながら内面の成長を目指し、愛と責任を養うこと。仕事、健康、家族の現実的な学びに向き合い理解、創造、表現していきます。現在37歳これからどのような人生を創造していかれるのか、日本の女子サッカーが、再び世界一の栄冠を手に入れる時、澤さんが指導していることを期待しています。




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最後に・・・
澤穂希さんは、絶対的信頼でチームを牽引していた。欲しい時、欲しい場所に彼女はいてプレーしていた。
チームが一番苦しい時に力を注ぐ、一瞬のチャンスを逃さず点を取る。華麗で力強い選手でした。
プレーしているときの力強く、美しい姿がとても印象的でした。
このリーディングで、現状に背を向けず、どれだけの努力が実を結び、人々を魅了するのか、変化を恐れ、現状に甘んじると、本当に見るべき世界から遠ざかり、出会うべき世界、人を失うのではないかと思えてきた。
自分の弱さも認め、日々高めること、大きく成長する可能性を下げず、変化を楽しく、そして厳しく向き合い経験をしていくことがこれからの人生を送る鍵かもしれません。
一歩踏み出す勇気、本当の自分に向き合う勇気をもらえたような気がします。
ありがとうございました。


Reported by
AEONS Numerology Basic the 10th Class
Yoko @ Yokohama class
by kej000 | 2016-08-14 23:45 | 数秘レポート