Kej の森

kejnomori.exblog.jp
ブログトップ

どの瞬間もが感動に満ちた人生*ココ・シャネル Vol.1

d0214179_14431745.jpg




Coco Chanel

1883年8月19日生まれ

本名:ガブリエル・ボヌール・シャネル
   Gabrielle Bonheur Chanel


【Birth】誕生数 ~人生における目的・使命~ 20-11-2

≪霊的感受性の#11、霊性の#0≫
高次のバイブレーションを示す数字で、人と天を結ぶ波動。天からその波動を受け取り、現実社会に下ろす役割を持って生まれました。豊かな感受性と、高い芸術性でイメージを形にしていくことが人生における目的と使命です。
シャネルは11歳の時、母が病死、行商人の父に捨てられ、姉とともに孤児院に預けられました。その後の修道院での生活は、シャネルにインスピレーションを与え、当時礼服でしか使わなかった黒を採用、装飾を削ぎ落したシンプルなデザインの原点になっています。
また、シャネルは、聖堂の通路の5の数字のモザイク模様などから、5という数字に、純粋で神秘的なものを感じ、コレクションの開催日は2月5日と、8月5日と決めていました。香水、シャネル N°5の発表は5月5日、カムバックの日も2月5日と決め、成功していきました。 

≪鋭い直観力と神秘的な能力の#11≫
「辛辣さとタイミングの良さは、人々を時々唖然とさせた」と言われています。シャネルは、秀でた霊性と直観力で時代を察知して行動し、美的センスも、発言も核心をつき、人を惹きつける神秘的な能力を持っていました。

≪野心とバイタリティーの#1×#1≫
シャネルは、家族や恋人との死別、離別を繰り返す辛い経験をしています。でも、決して希望を捨てず、野心を持ち続け、自分のスタイルを発信し続けました。

≪オリジナリティの#1×#1≫
「私は人とはとても違っていた」
「かけがえのない人間になりたいのなら、人と同じことをしちゃだめ。」
「みんな、私の着ているものを見て笑ったわ。でもそれが私の成功の鍵。みんなと同じ格好をしなかったからよ」
「私は流行を作っているのではない。スタイルをつくっているのよ。」
「私の生き方そのものがモード(ファッションの流行)」
と語り、常に自分のスタイルを探求し続けました。
そして、創作過程は極めて独創的です。デッサン画を書かず、モデルを前に、首から下げている鋏で彫刻の様にカットし、ダーツを取り、何度も20回30回と検討を繰り返し、飲まず食わず立ちっぱなしで何時間も立体裁断をしてたそうです。でも、あるモデルは、「…私たちの肌と布がひとつになるような感じがしたわ。」と、身体を提供するのが楽しみだったと言っています。
 「私の後にクチュール、オートクチュールは存在しないでしょう。」と語り、シャネルは、生涯、プレタポルテ(高級既製服)を作りませんでした。1960年代中ころから、署名なデザイナーも既製服の部門を展開しますが、その流れに乗ることはなく、最後のクチュリエとして、信念を貫き通したのです。

≪優しさと受容性の#2≫
「女性たちの身体を自由にしてあげたわ。」というシャネルの言葉からは、広い愛が感じられます。成功を収めてからは、親戚や、芸術家、親しい女性など、沢山の支援をしていました。また、恋に落ちると、甘えて尽くす面もあったと思います。愛人の為に、豪華な別荘まで建てています。晩年はモデルたちに囲まれ慕われていました。

≪バランスの#2≫
 シャネルには人を惹きつける神秘的な魅力がありました。それは、男性性の#1と女性性の#2、強さと、優しさ、この相反する面をバランスよく持ち合わせていたからだと思います。


【Destiny】運命数 8 使命、目的、仕事、ライフワーク

≪情熱と野心があり、統率力・リーダーシップ・管理力が優れ組織の中のトップの#8≫
27歳で帽子店を始め、3年後に2軒目、4年後に3軒目の店舗を開店。5年目に60人だった従業員は、次の年、300人を超え、経済的に自立した女性実業家となりました。
≪実行力と信頼の♯8≫
何度か恋人の死別、別れを経験しながらも、持ち前のバイタリティーで、仕事にエネルギーを注ぎ、地道に、常に達成に向かう努力を続けています。
≪社交的で駆け引き上手な#8≫
18歳で修道院を出たシャネルは、ムーランでお針子として働く中で、客であった、地位のある人との交際を始め、成功への階段を昇り始めます。


【Soul】ソウル数 40-4 ~魂の求める欲求・深層心理~

≪規律・堅実の#4≫
シャネルは、「まるで尼さんみたいだ。」と言われるほど、たとえ、裕福になっても、規律正しい生活を送っていました。孤児院で育った経験が活かされています。

≪真面目で勤勉の#4≫
若いころは、愛人として、男性に経済的に支えてもらったとしても、必ず借りは返すと、男性と対等な関係性を築こうとしていました。

≪正義感の#4≫
「どうして女はコルセットで締めつけ、窮屈な服装に耐えなければならないのか」と、その思いを制作意欲のエネルギーに変えていました。

≪持久力の#4≫
「休養を取ることほど、私を疲れさせるものはない。」と自身も語っているほど、ワーカホリック。
14年間のブランクを経てカムバックして酷評された時は、
「続けたいの。仕事を続けて、勝ちたいのよ。」と、語り、その後も、自分のスタイルを信じ、提案し続けています。


【パーソナルナンバー】人格数 13-4  他者から映る自分

≪「修練」創造と破壊を繰り返す#13 継続と信頼の#4≫
 シャネルは、何度も死別や離別を経験しますが、その度に新たな友人や恋人との出会いによって、人脈を広げ、基盤を創りました。鋭いまなざしから、真の強さを感じさせ、人々から、信頼されやすかったと思います。

≪ヒーラーの#13≫
 優れた直観力で一人ひとりの個性を見抜き、その女性の魅力を最大限に引き出す服を見事に作り続けていました。まさに、「ヒーラー」とも言えるクチュリエです。




d0214179_14454695.jpg






【Realization】実現数 10-1 今回の人生での可能性や実現性

≪独創性・創造性を表現する先駆者・人を先導するリーダーの#1≫
 素早い決断力があり行動的でした。

≪再誕生のカルミックナンバー#10≫
前世でやり残したカルマや、目的を今世で果たすためのナンバーで、人道的な目的や、人に癒しを与える方向へ向かいます。
シャネルは、上流階級の女性を見て、窮屈なコルセットや、パット、階段を下りるのも困難なスカートを膨らませる下着、過度に装飾された重い帽子に違和感を感じていました。当時斬新だった、ウエストを締め付けない活動的な衣服、女性を解放し、新しい生き方、生活スタイルへと導きました。


【Stage数】…活躍する舞台 #12-3
≪楽しみ、創造力を発揮する#3≫
「私がやってきたことは、みんな子供のような無邪気さで やったことなの。」
「私は好きなことしかしない。私は自分の人生を、自分が好きなことだけで切り開いてきたの」
「私の頭を切ってみてごらんなさい。中は13歳よ。」(70代の頃お茶目に言った言葉)
「そのモードを作り上げて、私は夜、外出するようになった。いや、夜、出て歩く様になったからこそ、夜用のモードを作ったのだ」
まずは自分の為に、自分が身に付けたい服を作っていたシャネル。夜のパーティーや、乗馬、海水浴、いつも自分が日々の生活を楽しむために、楽しんで制作していたのだと思います。
≪コラボレーションナンバー#12≫
 パターンの全てを打破し、今世で今までになかったものを表現できる場が活躍の舞台です。
 シャネルは、様々な出会いの中で、香水・舞台衣装・映画衣装・宝飾加工など、沢山のコラボレーションをし、大成功を収め、その名を世界に広めました。


【Challenge数】~課題~ #22-#4
≪卓越した才能を活かし、理想を掲げ、目の前のことを着実に実現し、偉業を成し遂げる#22≫
創始、開拓、指導、権威者。天と地の懸け橋となるような社会貢献をしていくことが課題です。
 偉業を成し遂げるには、理想を現実化していく#11も#2をバースナンバーに持ち、#8の統率力、#4で地道に創り上げて行く、完璧なナンバーを持っています。
 大きな課題は、#2×#2、「全てを受容するような博愛精神」と「バランス」。
 数々の恋愛をしながらも、急速に拡大していく仕事とのバランスを取ることが課題だったと思います。そして、離別や死別の悲しみを受容し、仕事にエネルギーを注いでいく。この経験を何度も繰り返し、愛で受け入れること、これも試練でした。

≪憎しみの受容≫
「私の人生の出発点は、本当に幸いだった。」と、シャネルは、父に捨てられ、孤児院で育った辛い過去も受け入れ、感謝しています。また、
「神様がわたしにくださったいちばん素晴らしい才能は、愛の共通の感情のひとつである、嫉妬心というものを知らずに放っておいて下さったことかしら。」と、恋人の裏切りとも思える行為も受け入れ、乗り越えて仕事に邁進していきました。

≪悲しみの受容≫
「死んだ人を思ってあげれば、その人は、死人ではなくなる。」
「何ひとつ死にはしない。砂粒ひとつだって。だから、何ひとつ失われるわけではないの。私、こういう考え方が好き。」悲しい出来事を受け入れる勇気を与えてくれる一言です。

≪忘恩の受容≫
「真の寛大さとは、忘恩をも受け入れること。」
「食べるために働いているんじゃないわ。」「お金は使うために稼ぐもの。」と、財力は次のコレクションや、芸術家・親戚への支援に惜しみなく使いました。
潔く、見返りを求めない広い心で芸術家たちに接し、次第にその名を世界に広めていきました。

 シャネルは、「人生がわかるのは、逆境の時よ。」と語っています。
こうした辛い経験を受け入れ、乗り越えたからこそ、その数だけ、偉業を成し遂げることができたのだと教えてくれます。


【Nature 数】~素の性質~ #7

独創性・探求心・精神への目覚めと、内省の#7。
修道院で育ち、精神性や、神秘的なものに目覚めました。そこで得た感性を生涯、追求していきます。修道院での日曜日や、スイスでの亡命時期は、主に散歩をして過ごしたというシャネル。「私は、誰よりも仕事をしている」と言っていたシャネルですが、忙しい時期も、大地と一体となる感覚を重視していたのだろうと思います。大地の色として、部屋にはベージュのジュータンを敷いて愛用していました。「わたしはベージュの中に逃げるの。自然の色だから。」と語っています。自然を愛し、内省の時間を大切にしていたからこそ、直観力や、洞察力も高かったのではないでしょうか。制作においては、自然の色を重視していました。




d0214179_14455213.jpg





人生の流れ
【サイクル・ピナクル・チャレンジ数】
シャネルの人生を3~4期に分け、サイクルナンバー(環境や大きな流れ、向き合うテーマ)、ピナクルナンバー(どんな状況の時期か)、チャレンジナンバー(その時の課題や試練)をリーディングします。

①0歳~34歳
《サイクルナンバー8 》~環境や大きな流れ、向き合うテーマ~
バイタリティーを持って地道な努力を続け成功を目指し、富や名声を得ることを経験する#8。
33歳までに、従業員300人を超える、経済的に自立した女性実業家となりました。
《ピナクルナンバー9 》…どんな状況の時期か
様々な経験により智慧を取得し、その智慧を人に伝え、導く力を発揮。自分の中の崇高な信条を発見を、人も自分も許し、全てを受け入れる真の強さを得る#9。裏切りや、傷心も意味するナンバーです。
シャネルの言葉「わたしはずいぶん泣いたわ。」
 母を亡くし、父からは見捨てられ、孤児院、修道院で育ったシャネル。修道院寄宿学校では、中流階級との差別に辛い思いをしながらも、めげず、嫉まず、恨むまず、羨まない強い精神力を身に付け、裁縫の技術や、上流階級に人と対等に話せる最低限の教育(全ての人が教育を受けられるわけではない時代だった)、沢山のインスピレーション、規律正しい生活習慣を得ました。34歳までには、お針子たちを教育し、600人の従業員を抱える女性実業家となります。
《チャレンジナンバー7 》
 多くの経験から本来の自分を内省し、精神性へ目覚めること、探求することが課題。
シャネルは、修道院での生活で精神性に目覚め、自分のスタイルをひたむきに探求しました。もし、その経験がなかったら、上流階級の華美な装飾に、違和感を意義を感じることもなかったと思います。

② 35歳 第一次世界大戦終戦後~52歳 第二次世界大戦勃発前まで
《サイクルナンバー10-1 》~環境や大きな流れ、向き合うテーマ~
霊性と直観力でオリジナリティを発揮。地道な努力を重ねて成功への道を歩む#10-1
戦争や、死別、離別、様々なことを経験しながらも、仕事にエネルギーを注ぎ、自分のオリジナリティを提案し続けた時期です。時代を経ても古さを感じさせない、シャネルブランドの代表作を次々と生み出した時期。「N°5」「リトルブラックドレス」「シャネル・スーツ」「マトラッセ」「シャネル・レングス」「コスチュームジュエリー」など発表しています。
《ピナクルナンバー3 》~どんな状況の時期か~
表現力、感性、直観力を惜しみなく発揮し、友好を育み、発展する#3。
第一次世界大戦終戦後(35歳)、第二次世界大戦勃発(52歳)までの、束の間の平和と、開放感のあった時代、溢れる感性を具現化し、代表作を次々と生み出した時期です。芸術家たちとの交流を楽しみ、彼らの活動を支え、恋愛でも、仕事でもコラボして楽しんだ、華の時期でもあると言えます。

②前半 35歳~43歳
《チャレンジナンバー1》~与えられた試練や今回の人生での課題 
自分の創造性を発揮し、リーダーシップを発揮、新しい分野を創設してていくことが課題。
終戦後、シャネルは、女性の社会進出の流れをいち早く察知し、スカートの丈を短するスタイルや、黒の採用など、実用的で、斬新な独創的なスタイルを創り上げ、また、新たに香水業界にも参入し、香り・容器ともに斬新で、独創性を発揮していきました。

②後半 44歳~87歳
《チャレンジナンバー6 》~与えられた試練や今回の人生での課題 
真・善・美、無条件の愛、深い思いやり、陰陽の統合・男女融合、調和の#6
シャネルは、異なる素材・色を融合させて斬新な作品を発表していきました。
また、#6は、出会いと別れのナンバー。
パートナーとの死別などの問題から、内面の強さを養うでもあり、悲しみを仕事のエネルギーに変えて、シャネルブランドを成長させます。

③53歳~87歳 
《サイクルナンバー20-2》~環境や大きな流れ、向き合うテーマ~
急速な変化の中、変化を受容し、人間関係や、協調性を学ぶ#2
バースナンバーに20-2を持つシャネル、よりドラマティックに展開します。
第二次世界大戦を機に、一部店舗を除いて全て閉店、一度引退します。ドイツ人との関係を持っていたため、「対独協力者」として非難されスイスで亡命生活を送ります。その間、ヴェルタイマーとの間で香水販売権を巡って争ったり、ファッション界に復帰した際には逆に、宿敵ヴェルタイマーから支援を受け世界のシャネル・ブランドへと成長させました。それは、急速な変化の中、変化を受け入れ、人間関係を築き上げていったからだと思います。
 また、この時期のチャレンジナンバーは無条件の愛、深い思いやりのナンバー6です。人脈を利用し、拘束された甥や友人を助ける活動をしています。受け入れる愛、与える愛、見返りを求めない深い思いやりで行動することが、この時期の課題でした。

《ピナクルナンバー1 》~どんな状況の時期か~
直観力でオリジナリティを発揮。地道な努力を重ねて成功への道を歩む時期。
一度引退してからは、友人との死別が続く、孤独な60代でした。70歳でファッション界に戻ると、「メゾン・シャネルを再開したとたん、健康が戻ったの」と言っています。オリジナリティを発揮できる場にいることが、活力の秘訣のようです。亡くなる前日まで、コレクションの準備をしていました。



d0214179_152734100.jpg





Vol .2
「シャネル個人年表」へ続く

:::::::::

Reported by
Aeons Numerology Basic the 11th Class
Nao Izumi
by kej000 | 2016-12-12 15:15 | 数秘レポート