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オイラの夢は、世界に通用する映画監督になることだね*北野武 Vol.2


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Takeshi Kitano

Vol.1 
<人生の意味・気質・運命などの読み取り>
<History 1st Stage まで>より続き



【HISTORY】



Second-Stage 33~42歳 
Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6


【#9複雑な二極性】~ドラマチック時期~ 浅草の一芸人からBIGスターへのシンデレラストーリーへ、その後は、フライデー襲撃事件によって前科持ちへ。

【#9寛容】事務所の金庫の中のお金がなくなり、先輩芸人が詮索をはじめるが、北野監督より「そんな暇があったら芸を磨け・・・」この件は、一件落着。

【#3 [#12]】~Realization & Pinnacle Number#3[#12]が、バイブレーション~ 
今まで以上の表現力、そして開花時期。

【#3 [#12]多忙】~仕事人間へ~ とにかく、忙しいことも通常よりバイブレーション。

【#12お金】~お金の源が集まる~ この時期より、収入が爆発的に増えてくる・また、お金を稼ぐ仕組み(源流)を発見?それが通常よりバイブレーション、1985年当時のレギュラー番組のうち、日本テレビ・テレビ朝日・TBS・フジテレビの20時台番組ですべて最高視聴率をマーク。
【#6 責任】~とことん人の世話をし、他者に尽くす、育てる時~ たけし軍団の始動 

◆「立派な師匠って言うのは、何百人もの弟子をみんな食わせた。芸人としてはやってはいけないような奴まで食わせている。そういう師匠はやっぱり凄いと思うんだ。」と語っています。

◆フライデー事件で連行される際、北野監督は軍団メンバーに対して「悪かったな、おまえら」、「おまえらの面倒は一生見るから」「おれ、ドカタしてでも、おまえらを絶対食わせるからな」と語ったとされます。

◆長男誕生、長女誕生。


◇33歳 YearCycle:28 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#10】努力の結果で思うようにいかなかった流れががらりと思い通りに・・・
漫才ブーム 月収30万⇒1600万。ネタ本『ツービートのわッ毒ガスだ』を発刊し、年末までに約85万部の売上となったが、当初事務所側はせいぜい3万部程度の売り上げと見込み、印税全額を2人が受け取る契約を結んでいたため、思わる大金が転がり込んだといいます。

【#10最強運の結婚】【#6責任】妻は、元漫才師の幹子(旧姓・松田)。北野監督曰く、自分は別の女性に気を引かれていたが、幹子の両親が勝手に婚姻届を出してしまい、彼女らを前科持ちにしたくなくて訴える事が出来なかったということ。その後も実母のさきが離婚を恥と考えていて幹子の肩を持ったことなどもあり、ずるずると今に至っているとのこと。現在、別居生活30年の完全なる仮面夫婦。「最強運の結婚」改め「最凶運の結婚」?

◇34歳 YearCycle:2 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#12】~ナチュラルパターン打破~ 「ひょうきん族亅・ソロ活動ヘラジオ出演
今後のテレビ界に危機感(子供に迎合した笑い)を感じ、萩本欽一といかりや長介を引きずり下ろし2人の牙城を崩さない限り、お笑いの未来はないと思っていたようです。

◇36歳 YearCycle:4 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#4基盤作り】~自分の能力を社会で活かす(リーダーを目指す)~ 「たけし軍団」設立へ。名前の由来は、「石原軍団」のパロディ。弟子が増え、元相棒ビートきよしの代わりのような存在として、何か一纏めで団体芸をやりたいとして、テレビ番組に出演したのが始まり。

◇38歳 YearCycle:6 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#6】~人間関係拡大・メディア影響~ 元気が出るテレビ・たけし城 最高視聴率

◇39歳 YearCycle:7 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#7AM 批判的・神経過敏・反逆】
当初、北野監督は手を出さないよう軍団メンバーに言っておいたものの、当時の編集次長による「自分は空手が得意である」旨の発言をはじめとした、編集部員の挑発的言動が原因で暴行に至ったと記されている。北野監督が「担当者を出せ」と迫った後、どちらからともなく一斉にもみ合いになった。北野監督は「ブチ殺すぞこの野郎、おれは刑務所行きも覚悟している。」などと怒鳴りながら、粉末消火器を噴射した上、同誌の編集長及び編集部員らに室内にあった雨傘や拳で殴打したり蹴ったりして、肋骨骨折などで1ヶ月から1週間の怪我を負わせた。住居侵入・器物損壊・暴行の容疑で、大塚警察署によって現行犯逮捕された。

【#9-18 正義感】事件の発端は、親密交際していた女性に対し.『フライデー』の契約記者が、北野監督との関係を聞こうと声をかけたが、それを女性が避けて立ち去ろうとしたため、記者が前方に立ちふさがってテープレコーダーを彼女の顔に突きつけ、手を掴んで引っ張るなどの行為に及び、頸部捻挫、腰部捻傷で全治2週間のケガを負わせた。この行動に対して、抗議行動に出たものです。

【#9-18裏切りにあう】後に明らかになったのは、専門学校生に怪我を負わせた契約記者は雑誌『GORO』にて北野監督の記事を何度か扱っていたことを買われてフライデーに移籍した記者であるということだった。しかし、移籍を北野監督側に知らせずに、以前通り『GORO』の記者として取材していた。このことをフライデー側が隠そうとしたことが事件の引き金になったとも言われています。
【#7 内省】事件後、迷惑を掛けた人に対して、反省の弁を述べています。


◇40歳 YearCycle:8 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#8】~結果が出る~
フライデー襲撃事件の判決 懲役6ヶ月、執行猶予2年。『史上最強の会見』「北野監督は大切なものを守ろうとしたけど、その方法が法に触れた。」と淡々と語る。認めるところは全て認め、聞かれたことには正直に答えた。眼光は鋭いが、とても澄んでいるよう感じられた。尋常ではない迫力でした。また、この事件がターニングポイントとなって、写真週刊誌業界の商業的なピークは終焉に向かっていきます。

◇41歳 YearCycle:9 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#9 自己再生】北野監督は、復帰後やや精彩に欠ける時期を迎える。北野監督はここで「基礎から勉強し直そう」と思いたち、小・中学生が解くようなドリルを使って勉強したという。さらに、北野監督は大人としての知識や常識を学び、『平成教育委員会』発案の切欠となりました。
【#9】~完成・サイドビジネス・次の光へ~ けじめとして太田プロを辞め、オフィス北野を設立。来るべき時に備え、テレビに出演中もカメラ割りや立ち位置など、映画監督になったつもりで訓練していた事は、後に語られることとなります。




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3rd-Stage 42~50歳 
Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2

【#9感情】~感情面で危機をもたらす~ 哲学的な態度を身に付け、直感に耳を傾け、宇宙の導きを受取る。
【#13修練】~第二のスタート創造と破壊~ 創造(北野武)と破壊(ビートたけし)。

【#13手放し完了】~社会的認知・収穫・前年までの努力が実る~ 映画初監督の座を掴む!

【#13変化】~自分自身でも驚くような変化を遂げる可能性~ 第二の人生はここから。

【#2 不信】~自己不信や自信のなさを体験、内気で臆病になり、他人に影響される~ 映画の評価が気になる・・・麻原彰晃の宗教観(人類愛)に深く陶酔し対談するほどに。

【#2協調性】~仲間からの深い満足感、何ごとも折り合いを付ける~

【#2謙虚】~へりくだった心をもって互いに相手を自分より優れた者としなさい~
俺は怒ったり、命令したりしない。まずは、スタッフに聞く。「こういうふうに撮りたいんだけど駄目かな?」、「このシーンはどうやって撮ればいい?」など。最終的には自分のやりたいようにやっているのだが、もしかしたらもっといい意見が出るかもしれないから、まず聞くんだ・・・



◇42歳 YearCycle:10 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
作品①『その男凶暴につき』
【#10チャンス】~新しい可能性・チャンス到来・オリジナル作品~ 当初は深作欣二監督、ビートたけし主演、野沢尚脚本という予定のところ、紆余曲折あって自らメガホンを取ることになり、監督デビューを果たす。

◇43歳 YearCycle:11 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
監督作品②『3-4×10月』  北野監督の脚本家デビュー

◇44歳 YearCycle:3 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
監督作品③『あの夏いちばん静かな海』

◇46歳 YearCycle:5 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
監督作品④『ソナチネ』

【#5】~海外評価~ 国内より、国外から人気となり火がつく。1993年のカンヌ国際映画祭で上映され、ヨーロッパでの北野監督の人気を決定付けた作品。イギリス国営放送BBCが「21世紀に残したい映画100本」の一本として『ソナチネ』を選び、イギリスでの北野映画の極めて高い評価が示されました。

◇47歳 YearCycle:6 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
監督作品⑤『みんな~やってるか』自分の中では、最高傑作と思っているが、一般の評判は良くなかった。
【#13】【#6】~生と死(心の病)過労。自己破壊的~ 8月交通事故(自殺願望・うつ) 今、振り返ってみると、仕事のしすぎで神経がぴりぴりして、へとへとになってたってこともあると思う。新境地を拓くなんて不可能だと思ったし、堂々巡りをしてるような気分だった。なにか新しいこと、新鮮な空気を探し求めてた。少しずつ、重要な局面に近づいていったんだね。限界に達してたんだろうな。

◇49歳 YearCycle:8 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
作品⑥『キッズ・リターン』
【#8 達成の時】~より高く新しい可能性を開拓~ 再出発『キッズ・リターン』は、一生心に残るような経験を描いた映画だね。撮影中は、タイムマシンに乗ってるような気分だったよ。事故を起こして、そのあと動けなくなって。『キッズ・リターン』は、そんな俺の社会復帰の作品になったんだ。救いの、償いの映画になった。





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Final-Stage 51歳~ 
Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2

【#21宇宙規模】~今後の人生への無限の可能性・何を全面に打ち出していくか~ 映画監督としては、世界的に有名となったが、このまま継続するのか?新たな展開を計画しているのか?天才Kitanoが、無限の可能性を享受出来る時に如何なる覚醒を果すか?

【#21完成】~人生における「完成」を目指す時~ 

【#22】~誕生数~ Birth path number#4[#22-#13]&Pinnacleとのバイブレーション。

【#22】「世の中、絆、愛、支えとか、表面的なものばっかりでイライラした。こういう時こそヤクザ映画を撮ってやろうとやる気が起きた。」

【#22偉業】~国際的スケールで、人々を巻き込み、偉業を達成する時期~ 見事バイブレーション。

◆世界各国の映画祭への出品、そして受賞(作品賞・監督賞等)
◆フランス芸術文化勲章
・シュヴァリエ(騎士) 1999年
・コマンドール(騎士団長) 2010年
◆シャンパーニュ騎士団
・オフィシエ・ドヌール(名誉将校) 2014年
・シャンベラン・ドヌール(名誉侍従) 2015年
◆レジオンドヌール勲章オフィシエ(将校) 2016年
【#22夢の実現】~『オイラの夢は、世界に通用する映画監督になることだね』~
【#2気遣い・気配り】~自と他の意識の繋がり・与えると受取るのバランス~

◆作法というのは、突き詰めて考えれば、他人への気遣いだ。具体的な細かい作法をいくら知っていても、本当の意味で、他人を気遣う気持ちがなければ、何の意味もない。その反対に、作法なんかよく知らなくても、ちゃんと人を気遣うことができれば、大きく作法を外すことはない。駄目な奴は、この気遣いがまったくできていない。人の気持ちを考えて行動するという発想を、最初から持っていないのだ。

◆他人への気遣いで大切なのは、話を聞いてやることだ。人間は歳を取ると、どういうわけかこれが苦手になるらしい。むしろ、自分の自慢話ばかりしたがるようになる。だけど、自慢話は一文の得にもならないし、その場の雰囲気を悪くする。それよりも、相手の話を聞く方がずっといい。



◇51歳 YearCycle:10 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2

作品⑦『HANA-BI」、受賞歴「ヴエネツィア金獅子」ヴエネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、ダントツの1位で金獅子賞(グランプリ)を受賞。日本映画としては1951年の黒澤明監督『羅生門』、1958年の稲垣浩監督『無法松の一生』に続く3度目の快挙でした。
【#22 Birth・Pinnacle】~開花 努力の結果、流れが大きく変わる~ 芸人でなく映画監督として認識されます。
【#10】~世界的認知~ 真の監督へ
【#10】~再スタート~

◆「『HANA-BI』で金獅子賞をとったことで、いろんなことが変わったよ。みんなが俺のことを本当の監督として見はじめるようになったもん。それに、事故を起こす前は、多かれ少なかれ、俺には自殺願望があったような気がする。だってなんでバイクなんか買ったのかも覚えてないもん、ふだん乗らないし・・・死という考えに直面しながらも、すべてから逃げてたんだよね。『HANA-BI』では逆に、死っていう運命を受けいれようとした。自分の抱える不安や怖れと向き合って、それを手なづけていく方法を見つけられたんだよ。
『HANA-BI』が、どれだけ俺の再スタートを助けてくれたか、この映画を撮ることが、新しい出発になるって感覚はあったね。そのチャンスをつかむべきであると。」
◆日本は漫才師が映画撮った、みたいな雰囲気があって、異業種の人間に対する偏見が強い日本人の見方には苦言を呈しています。


◇52歳 YearCycle:11 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2

作品⑧『菊次郎の夏』、受賞歴「シュヴリエ勲章」
【#10】(前年のYearCycle:10で企画等) ~過去手掛けていないものに霊感を受ける。新しい可能性とチャンス~「『HANA-BI』が成功に終わったあと、“クール”すぎたり、いかにも暴力的な映画からは少し距離を置いて、もっと瞹昧な映画を作りたいって思ったんだ。北野監督には、心温まるような、子供時代の話なんか撮れっこないだろうって思ってた人たちは、この「菊次郎の夏」を観て驚いただろうね。」
【#22】~愛・強い感受性~ 最愛の母死去。マスタービルダーとして、又ひとつ大きな悲しみを乗り越えることで、新たなパワーの源を手に入れることとなったことでしょう。

◆北野監督が芸人で売れるようになった途端、母が会いに来るたび「温泉に行く」、「孫に自転車を買ってやる」からと理由を付けて、20万円、30万円とお金を要求していました。教育熱心で優しかった頃の母・・・すっかり変わりはてた姿に、北野監督も「因業ババあめ!」と悪態をつくこともあったそうです。北野監督が、交通事故で顔面麻痺などの大ケガをしたときのことだ。週刊誌などで「たけし、再起不能」などと書かれ、芸能界に復帰できないかもしれないと悔しい思いをしていたという。
そんなとき、北野監督のもとを、さきさんが訪れ“通帳とはんこ”を置いていったのだ。何かと理由をつけて北野監督からお金をせびっていたが、それらはすべて使わずに貯金していたのだ。さきさんは「こういうことになると思ってな。お前は金遣いが荒いから、その金は全部とってあるから、あとの人生これで暮らせ」と言ったというのだ。万一、北野監督が芸能界で仕事ができなくなることも考え貯金をしていたそうです。北野監督は「母親の愛情のすごさってさ、たまんなかったね」と語っています。ちなみに、さきさんは、フライデー襲撃事件で世間を賑わせた時に、取材を求められた際は「あんなどうしよもないのは、死刑にでもして下さい。」と毅然と答え、その場の騒ぎを治めていました。



◇54歳 YearCycle:4 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑨『BROTHER』
【#4 継続力】「『ソナチネ』での失敗を、ちゃんと入れたっていうのはあるよ。だから『ソナチネ』の完成版。


◇55歳 YearCycle:5 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑩『Dolls』
【#5】~破壊・革新~  1度壊したい
「それまで俺が撮ってきた映画には、あんまり色がなかった・・"キタノ・ブルー"がつきまとってたからね。それを一回壊してみたかったんだ。


◇56歳 YearCycle:6 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑰『座頭市』ヴェネツィア銀獅子、日本アカデミー賞

【#6融合・調和】「ミュージカルと時代劇の融合!」「タップダンスに金髪の調和!」を実現。
『HANA-BI』でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞をもらって、『座頭市』で銀獅子賞をもらってから、日本で俺はタレントとしてだけじゃなく、映画監督として認識してもらえるようになった。本当に、このふたつのおかげで、いろんなこと変わったよね。『座頭市』は、【Destiny#8 達成の時】俺の存在を世に知らしめる役割を果たしてくれたっていうかね、それまでの努力のたまものだね。『座頭市』は依頼された作品だったからね。映画を依頼されて引き受けるのは、これが初めてだった。でも、このチャンスは逃したくないって思った。【Realization#3[#12] 表現・感性・開放・遊び心】「『座頭市』で初めて、自分にとって娯楽とは何かっていう、真のコンセプトを自由に表現させてもらったと思う。映画の出だしから"これは“娯楽”だって観てる人にわかってもらいたかったわけ。西洋の批評家たちは、これは"和製ウエスタン"だって書いていた。これは当たってるよね。」


◇58歳 YearCycle:6 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑫『TAKESHIS'』


◇60歳 YearCycle:10 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑬『監督・ばんざい!』
#10】~運命をそのまま受け入れる・自然の流れに身を任せることの大切さ~
あの事故でわかったことは、運命なんてものは、自分でどうにか動かせるものじゃないということ。どんな運命が待っていようと、それをそのまま受け入れるしかない。」と語っています。


◇61歳 YearCycle:11 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑭『アキレスと亀』、受賞歴「日本数学会出版賞」


◇63歳 YearCycle:13 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑮『アウトレイジ』

作品内容が【#13カルミック】全ての“偽善や欺瞞など”を、斧で切り裂き粉々にしたい心境の中で制作。【#13収穫・社会的認知】「コマンドゥール勲章」受賞
【#13】~軌道修正~ さらなるステージの上昇


◇65歳 YearCycle:6 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品『アウトレイジビヨンド』(北野監督作品で初の続編)


◇68歳 YearCycle:9 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑰『龍三と七人の子分たち』、受賞歴「シャンペラン・ドヌール勲章


◇69歳 YearCycle:10 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
受賞歴「レジオン・ドヌール勲章」(フランスで最高の賞を受賞)

同勲章はナポレオン・ボナパルトが1802年に創設したもので、現在は文化や科学、産業、商業、創作活動などの分野における卓越した功績を表彰することを目的にしている。勲章を授与する元フランス文化大臣ジャック・ラング氏は「【#1】大胆で【#1】独創的な【#13】創造性から生み出された作品が、芸術ジャンルの限界をやすやすと乗り越え、演劇、テレビ、映画、文学などの約束ごとを変革して、現代のアートシーンに影響を与えてきた」とコメント。「あらゆる形態の大衆芸術の発展への熱心な関わりによって世界中で名をはせた【#1】型にはまらない完全無欠のアーティストとして存在していることにオマージュをささげたい」と受章について説明している。北野監督は「これまで自分のやり方でやってきた数々のことで、今回このような栄誉を授かることとなり、大変驚いています。そして、素直にうれしい気持ちでいっぱいです。これからも、自分の【#4】スタイルを守りながら、【#22】さまざまな仕事に精進してまいります。」とコメントしています。



◇70歳 YearCycle:11 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
北野監督⑱作目となる最新作・映画『アウトレイジ最終章』が、2017年に公開される予定。

【作品NO.#1+#8=#9完成・集大成】アウトレイジシリーズの完結版であって、決して映画監督としての完結とならないことを願うばかりです。




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【総論】

北野監督は、Year Cycle#10 Fortune(運命の輪・自然の流れに任せる)の時、思うように行かなかったり停滞する流れが激変し、ビックチャンスとなる新たなステージを手に入れています。それは、常に直向きな努力を怠らない北野監督への天からの賜物の如く・・・。

特に、33歳の時には日本お笑い界の人気者へと駆け上がり、42歳では監督未経験ながらも、映画監督の座を射止めたうえ、業界関係者の度肝を抜く作品を作り上げ鮮烈なデビューを果し、そして、51歳の時『HANA-BI』で、ヴエネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、ダントツの1位で金獅子賞(グランプリ)を受賞しています。

北野監督は、

「物体は激しく動けば、それだけ摩擦が大きくなる。人間だって、激しく動くと熱を持つのだ。はたから見れば、輝いている人間のことが、きっと羨ましく見えるのだろう。だけど、輝いている本人は熱くてたまらない。星だって、何千光年という遠くの地球から見れば、美しく輝く存在だ。“いいなあ、あの星みたいに輝きたい”人はそう言うかもしれないけれど、その星は堪ったもんじゃない。何億度という熱で燃えている。しかも燃え尽きるまで、そうやって輝いていなくちゃいけない。これは真面目に、結構辛いことなのだ。第三者にとっては、輝いている人を見ると、輝き始めるまでの努力も知らず、また輝き続けるための心の葛藤も知らないのに、漠然と羨望の眼差しをおくる。」

と発言しています。
【#22】を持つ北野監督ならではの、努力もせず行動に移すことも出来ない人間への痛烈なメッセージかと思います。勿論、これは常に輝き続ける努力を怠らないこと、そして多くの困難を克服しないと輝けないことを知っている、北野監督だからこそ出来る発言です。

マスタービルダーを名乗るのに相応しい数々の困難を乗越えた経験数、Destiny Number【#8】権威・指導力・名声・富、Soul Number【#4】の直向な行動・謙虚さ、そしてRealization Number【#3[#12]】日本人代表として日本の芸術・文化を世界に発信し表現する力など、すべての行動・言動などが数秘を学ぶ者にとっては、とても理解し易い実例のようであると感じられました。

また、大変興味深い発言として、数学に対する造詣が深い北野監督は、次のようにも語っています。
「もし道を間違えなかったら、数学の研究者になりたかった」と・・・1980年代の民放番組の司会進行中に「自分は漫才師になったので今がある、物理学の道に進んでいたら、もう既にノーベル賞を取っている」と真剣な面持ちで話し、編集されなかったこともあったとされています。
さらに、数学好きが高じ『たけしのコマネチ大学数学科』をスタートさせ、その才能を発揮させたこともあります。「数学というものは哲学であって、全ての事象は数学に支配されており数学で説明できる」とも発言しています。もしかして、北野監督は『数秘』を既に学んだことがあり、自らがマスタービルダーであることも認識されているのかも知れません。でも、だとしたら、学ぶ前と学んだ後の、自己の意識の変化の違いを是非ともお聞きしたいものです。

最後になりますが、近い将来の期待として二つ・・・。
一つ目は、北野監督が日本の首相(【#22】政治の分野での指導者)として、米国トランプとの【#22×#22】対決で、ユーモアたっぷりの返しで反撃する姿が見てみたい。
二つ目は、勿論のこと米国ハリウッドにて『アカデミー賞』を受賞するシーンを見ることです。



Reported by
Aeons Numerology Basic the 11th class
in Bunkyo
Tetsuya S.
by kej000 | 2017-02-06 10:29 | 数秘レポート