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<   2016年 08月 ( 6 )   > この月の画像一覧

Aeons Numerology Class

数秘学関連講座のご案内

アイオンズの数秘学関連の講座のご案内と説明をさせていただきます。


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Aeons Numerology Basic Course



先ず最初のステップは、数秘基礎講座です。
毎年、春分と秋分あたりに数秘学講座の参加の募集をさせて頂いております。
2017年、冬は、数秘基礎コースの12期生様の募集となります(祝!☆12期生☆)


● 数秘学の歴史
● 1−9までの数字の意味を識る
● 個人のコアナンバーの意味とリーディングの方法
● マスターナンバーとカルミックナンバー
● 生命の木
● リーディングセッション実践練習 数回
● 自分史の作成 
● 数字の逆相
● ヌメロロジー計算ソフトの解読法
● 数秘による相性の見方
● タイプ資質と特化項目によるリーディング
● 基礎科修了レポートの発表

以上のカリキュラムを全10回コースでお伝えしてまいります。


時間: 13時から17時まで
場所: 横浜クラス 埼玉クラス 板橋クラス 東京クラス
受講費:6000円(再受講は半額)

基礎科では、欠席は通常、認められません。
欠席回は他のクラスでの受講で代講をお願いしております。
また、2回まではプラス1000円にて、DVDでの受講が可能です。




アイオンズの数秘講座の特色は

*カウンセリングやセラピーに使えるスキルの習得を目指す
*自己認識を高め、潜在能力を発揮していくこと
*秘教・カバラの教えより、真理を学び、実践すること

を目的としてプログラムを構成しております。
基礎科では、簡単な3次元Levelでの現実に則したリーディング方法について学んでいただきます。
その後、修了した方は、アドバンス(4class)へ進むことが可能です。




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Aeons Numerology Advanced Class

アイオンズ数秘講座の大きな特色として、
10から22までの二桁の数字を学んでいただくことが可能です。

数秘学が三次元に対応する数字のヴァイブレーションだとすると
その後のUniversal Numerology は、この三次元と同時に存在する
多次元の数字のヴァイブレーションとなります。
この表裏一体を読み解くことで、全ての答えが導かれます。
そして、この二桁の数字たちはこの三次元と多次元の橋渡し的な
ヴァイブレーションとなっているのでありました。

特に、その方の現在の状況や、生まれ持った使命などを読み解くこと。
また、私たちが生まれてきた意味にまで遡り、そこに隠された
根深い問題やパターンにフォーカスすることが可能となります。

また、この二桁の数字には、カバラでいう探求の道筋の意が
こめられています。それは私たちが「ほんとうの自分」へ自己回帰していく
道筋でもあります。宇宙の真理(Universal Truth)です。
学びを深めつつ、深淵なる世界へご案内いたします。


● 二桁の数字の意味とその流れ(10−22まで)2class

二桁の2回の授業を受講された方は、次のカバラ応用のクラスへ進級が可能です。

受講費:●8000円 (再受講は半額)




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Universal Numerology


数秘基礎が3次元であったのに対し、こちらは多次元(宇宙次元)での数字の解釈を学んでいきます。生命の木とは何を物語っているのか。この地球に存在する全ては表裏一体。仮に3次元を表とした場合、この多次元が裏となります。そして、この裏・・目には見えないところにこそ、宇宙の秘密が隠されているのでした。こう考えていくと、数秘は或る意味では、このUniversal Truthへ至るためのステップであることにすぎない・・さらなる深淵なる世界へ歩を進めてまいります。



私たちはどこからきて、どこへ行くのか?

秘教といわれる「カバラ」を紐解き、生命の木に隠された神秘『宇宙の真理(Universal Truth )』を学んでいきながら、あらゆる次元、角度、視点からのリーディング・スキルを養っていただきます。

そしてもちろん、この宇宙の真理を知識だけではなく、実際に体験していただきながら、ご自身で先ずは「自分自身へ還る旅」へ。

人生を根源から変えること。
自分の人生をクリエイトすること。
自分が自分の人生の主人公になること。
ほんとうの自分を識ること。

同じ志の仲間がなぜか集います。
「ほんとうの自分に還る」こと。
宇宙の理を知り、その理に生きること。


全11回となります。

*欠席は2回まで。それ以上ですと退会扱い、
 または次期クラスでの参加をお願いしております。

受講費:8000円(再受講は半額)





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神託としてのTarot


全ての学びを統括する体系としてのタロット講座です。
古代、タロットは「神託」として使われておりました。
吉凶を占うのではなく、あくまでも宇宙の理(Universal Truth)を基盤にあらゆるシチュエーションを読み取り、根本に隠されているポイントを掴む力を養います。

最小限の知識とたくさんの実践により、右脳と左脳をバランスよく使いながらリーディングする方法を学びます。全12回です。

受講費:8000円(再受講は半額)




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卒業生用プログラム

この全ての講座を修了された方の次のステップとして

☆ マスター試験
☆ 個別スキルアップ指導プログラム
☆ 指導者育成プログラム Teacher's Course

があります。
さらなる活躍の場を広げられるよう、支援させていただきます。




マスター試験


各期修了日の翌週に、プロとしてのスキルが身に付いているかどうか?・・の
スキルテストを受験することが可能です。

★セッション形式による試験
・スキルは、数秘、ユニヴァーサル・ヌメロロジー、タロット(多次元占星術)
・45分の質疑応答
・その後、10分の講評
・クライアントによるアンケートの記入


審査の基準は以下の通りです。

○ クライアントの相談・要望に的確に答えているか?
○ プロとしての心構え、品行、服装は妥当であるか?
○ 吉凶占いではなく、理に基づいたカウンセリングが行なえているか?・・等々。


受験資格:
・数秘関連全行程を修了していること。
・何度でも受験可能です。

受講費:
・最終課程の講座料金(¥8000)

合否:
・合格者には、Aeons マスター資格を授与
・特典は、全講座が再受講費のさらに半額など



個別スキルアップ指導プログラム


前々からリクエスト戴いておりました、卒業生のための
スキルアップ・指導プログラムです。
ティーチャー制度のスキルアップ・プログラムに準じた個別指導を、希望者に開催します。

*10名のチャートをご用意の上、自力でリーディングをした上でお持ちください。
*全1日をかけて、その方のリーディング・スキルの見直しやアドバイスを徹底的に指導します。

日程:10時から17時まで(途中、昼食休憩含む)
金額:¥30000(¥3000/1名x10人分)



     *    *    *


アイオンズの講座は、
単なる知識の提供に留まらず、実践していくこと。
感覚を駆使していくこと。
あらゆる角度から、時間をかけてじっくりと「理解」を深めていただけるよう
プログラムを作らせていただいております。


ご縁ある方の受講を心よりお待ち申し上げております。
ありがとうございました。


                                2017年2月末日改訂
by kej000 | 2016-08-28 09:12 | おもしろ数秘学

沢穂希*その強さの源を紐解く

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澤 穂希
SAWA HOMARE

1978年9月6日生まれ
なでしこジャパン元代表選手(2015年現役引退)



1986年 小学校2年生で地元府ロクサッカークラブ入団
1991年 中学入学現日テレベレーザ入団
1993年 15歳代表選出デビュー戦4得点
1999年 大学を中退し渡米
2000年 アメリカクラブチームでプロ契約
2003年 アメリカ女子プロリーグ休止の為、帰国
2004年 日テレベレーザプロ契約選手で復帰 なでしこジャパンの誕生
2006年 2008年 なでしこリーグMVP
2009年 ワシントン・フリーダムへ移籍
2011年 INAC神戸移籍 ワールドカップ・ドイツ大会優勝
2012年 バロンドール賞受賞 良性発作性頭位めまい症を発症 ロンドンオリンピック銀メダル
2014年 アジアカップ初優勝
2015年 ワールドカップ・カナダ大会準優勝 W杯6大会連続出場
2015年12月27日 皇后杯 全日本女子サッカー選手権大会、決勝戦決勝ゴールを決め引退



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華々しい功績ばかり並ぶ澤穂希さん。
2011年ワールドカップ・ドイツ大会優勝
1度も勝てなかったアメリカ相手にPK戦の末勝利した。日本サッカー史上初のWカップ優勝へ導いた。
世界1を勝ち取ることを目標に、長い年月かけて地道に走り続けた。目標に向かい、あきらめずに日々努力する凄さ。挑戦し続ける強い意思はどこからくるのか?彼女の強さの源について紐解いてみたい。



【誕生数】~生まれ持った資質・才能・運命~

『22-4』【創造-安定】
鋭い感受性を持ち、それを形にする創造性豊かなナンバーです。
マスタービルダーと呼ばれ、社会が求めるものを感受し、広い視野と実行力をもって、天と地の架け橋となるような社会貢献をするとされているナンバーです。
利己主義にならず、世の中のためにエネルギーを広く循環していくことで、卓越した才能が開花し、高き理想をも現実化する力を持ちます。そのためには2+2足して4の物事の基礎を真面目に取り組み、土台を築き、2のダブルの力、強い感受性で人々を受容していくこと。自己の目的を公的なものへと定め、目の前のことから着実に仕上げていくことといわれています。

澤さんは、小学校2年生の時、地元サッカークラブの入団を断られましたが、お母さんが何度もお願いし入団することができました。澤さんのサッカー人生はそこから始まります。大きな大会では、女子の参加が許可されず、出場出来ずに悔しい思いをしたこともあるそうです。澤さんは何度も何度も基礎を繰り返し、基礎を磨き上げることに時間を費やし、それが今のサッカーの土台となっているといっています。
そんな澤さんでしたが、一度だけサッカーの道が閉ざされそうになったことがあります。
所属チームでの契約更新がない20歳の頃、必死の思いで渡米を決意します。ここからが本当の挑戦となります。
澤さんは15歳の頃、両親が離婚されています。それからは母子家庭生活の中、高い学費を払って入学した大学中退をし、渡米を決断。体格、パワーでなかなか敵わない海外での挑戦で幾度も幾度もチャレンジしました。覚悟を決めた渡米の中、弱音を言わず、吐くことも許されず、自らを鼓舞し努力したのだと思います。

やがて努力と忍耐力で自分なりに見出した答えを実践し、海外でも認められるようになりました。そして日本人がアメリカでプロ選手としてプレーする、最初の道を拓きました。海外での経験で揉まれながら気付いたことは、パワー、体格で適わなくとも、優れた技術力、ボールが来た時の瞬間的な判断の早さだと言います。澤さんのこの経験が日本女子サッカーに光をもたらします。世界1の目標が澤さんだけが抱く目標ではなく、日本女子サッカーへの目標に変化していきました。後に続く後輩の道を切り開き、海外で挑戦する女子選手が増えてレベルアップしていきました。高き理想を掲げ、幾年も掛けて努力し走り続け、日本のサッカー界のために、人々に希望を与えるために邁進し、その結果得た偉業。日本国民のどれだけの人が世界一を信じていたでしょうか?しかし高く目標を定め、自らが努力し続けること、そして信じることでチームをまとめ上げ、世界一の栄冠を手に入れました。高き理想が現実化することを彼女は教えてくれています。澤さんの魅せ続けた背中は、とても大きかった。それは決して簡単な成功ばかりではなく、厳しく険しい茨の道だったからこそ大きく強く感じられたのだと思います。



【運命数】~人生における目的・使命~

『5』【変化】
好奇心旺盛で革新的な人。常に変化を求め、興味のあることに次々チャレンジします。
未知の世界の解明と、それを広く人々に新しい知識を与え、教え導くことが使命とされています。
システムを学び、その中で多岐に渡る才能を身につけていくこと。深く経験し、単なる欲望、知識とせず、智慧に変えていくことです。
集中力を養い、じっくりと経験を積むことで内面の自由を見つけることとなるとされています。



【ソウル数】~魂の求める欲求・深層心理~

『14-5』【自由-変化】
14カルミックナンバーで「真の自由を学ぶ」ナンバーとされています。
家族との協調、家や職の余儀ない変化などによって、真の建設的な自由とは何かを学ぶ。
柔軟に形式に捉われることなく自由に人生を切り開くこと。

澤さんは、20歳の時、アメリカのクラブチームへ移籍しています。大学を中退し、渡米を決断しました。
誕生数の4【安定】と運命数の5【変化】の間で葛藤し、安定に執着せず、新しい土地での新たな経験に挑戦しました。文化や言葉、食生活などの不安を抱えての決断。米国での生活は言葉がまったく通じず、ホームシックにかかり何度も日本へ帰りたいと思ったそうです。実力もなかなか認められず、パスも回ってこなかった。体格やパワーの差も縮まらず悩みもがいた日々、その中で見つけた答えは「自分のプレーを貫き通す」こと。その結果チームの中心選手となっていった。この米国での経験が彼女を大きく成長させました。

自分の力がどこまで通用するのか未知数の中、単身海外へ飛び出し、多くの経験をして才能を得ていきました。
得た才能を、強豪チーム相手に発揮し、日本女子サッカーの可能性を見出して行った。
澤さんは30歳の時、2度目の渡米をしています。この時も決断には多くの時間を要し、生活は充実し、安定した環境を捨て、成功するかわからない米国での再挑戦。安定とリスクを天秤にかけていて決断ができなかったと述べています。勇気ある決断をし、変化、成長を望み更なる高みを目指して、米国での経験を積み上げていきました。帰国してからは、強い外国チームにどのようにしたら、日本が勝利することが出来るのか、組織力の強さ、細かい足技、パス回し。自らがプレーすることで選手に伝えてくれていました。

様々な決断には、母の力、存在が大きく彼女を支えてくれていました。
~「チャンスの波に乗りなさい」~この言葉はお母さんが澤さんに伝えていたことです。
チャンスは必ず誰にでも訪れ、そのチャンスの波に乗るかどうかで人生が大きく変わる。だからこそ、チャンスの波が来たら、あれこれ悩むよりも、逃がさずに乗ることが大事。この言葉には、そんなメッセージが込められています。
「母からこの言葉を言われていたからこそ、チャンスだと思ったときは、迷わずに思い切り行動にでられました。未だにこの言葉は胸の中にいつもあります。だから可能性がある限り、絶対にチャレンジするって決めてるんです。やらないより、やって後悔したほうがいいですから」とインタビューでも述べています。

いつでも不安や恐怖を打ち消すために意識している言葉なのだと思います。真の自由を学ぶため、変化に立ち向かい、内面の自由とは何なのか、制限をかけずに内面が開放されることを、経験を積み重ねることで見つけて行きます。自分の思いを断ち切り、現状から飛び出して未知の世界へのチャレンジ!この精神を培うこと、経験を持って力に変えて行きました。



【実現数】~人生での可能性・実現性~

『9』【完結】
深い慈悲と寛容さ。愛と理解力を持って穏やかに人類愛を実践することです。
不要なものを手放し、自分も人も許すことで全てを受け入れる真の強さを得ます。
混沌の中、自分だけでなく、自分の背中を追い続ける後輩、未来を担う子どもたち、世の中の人々に影響を与え、教え導くことです。



【人格数】~外なる自分・他者から映る自分~

『9』
オープンで寛大。人の気持ちを理解し、多くのことを共感している印象を与えます。
物腰が柔らかく冷静。柔軟性があり幅広い人々と交流の出来る人

『苦しくなったら、私の背中を見て』
多くを語らず、この言葉に掛けた思い。チームを信じ、自分を信じて自らが原動力となり、前を向き走り続けた。その背中を見て、チームは追いかけ、共に走り続けました。澤選手の存在がチームに活力を与え、観ている人々に勇気を与えてくれました。
澤選手はベンチスタートの多い時期でも、チームメンバーを支え続け、貢献する姿。ピッチに入った時、他選手に与える安心感。そこからの軌道修正力は観衆の期待を大きくしました。
澤選手の姿は、多くの選手、これからプロを目指す子どもたちに大きな影響を与え、目標を創り出してくれる大きな存在となりました。

今では陽気に優しく笑う澤さんですが、渡米前はシャイで人見知りだったようです。
米国生活で英会話も上達し、曖昧な表現の通用しない米国、はっきりした意見や態度を求められる風土に馴染み、変化していったようです。
交流関係も広く、サッカー界だけでなく幅広い分野の方との交流も多いようです。
友達関係では、男女問わず、悩みを相談されることが多く、他人と喧嘩になったこともないそうです。


【Stage数】~活躍する舞台~

『6』【調和】
真・善・美、調和、愛のナンバー。
完璧主義にならず、あるがままを受け入れ、まずは自分を愛し、人々を愛すること。
愛と思いやりを持って人々へ奉仕する。平和と美を愛し社会貢献をしていくことです。


【Challenge数】~チャレンジする課題~

『5』
現状に留まることなく、変化を恐れず多くのことを経験して、人々に伝えること。
柔軟性と機敏さで進み、自分の枠組みを外して、新しい世界への冒険をしていくこと。
経験を積み重ね、広く啓蒙していくことがミッションです。

運命数・ソウル数に持つナンバーでもあります。
現状の自分に満足することなく、自分の抱く恐怖や不安に打ち勝ち新しいことを経験してきています。
今ある充実した生活、安定を断ち、変化を受け入れ挑戦した後は、いつでも成長した澤選手でピッチに立ち続けてくれていました。
“変化することが不安なのは、いつだって決める前だけだということ”と述べています。


【Nature数】~素質~

『11-2』【霊性】
 鋭い直観力と洞察力を持ち、豊かな感受性で人々を受け入れます。バイタリティーもありリーダーシップを発揮します。


【Action数】~行動パターン~

『1』【絶対】
素早い決断力があり行動的。独創性があり創造性を表現する先駆者となります。人を先導するリーダー



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***Cycle・Pinnacle・Challenge Number***


0~32歳
【Cycle Number】~環境や大きな流れ、向き合うテーマ~
『9』
様々な体験を通して人を受容し、不必要なものを手放し、本物を見抜くことがテーマ
直観力が鋭く、人の本音、状況を見抜き、社会貢献や奉仕活動に携わる経験が多くなる時期です。
混沌とし大きな揺れ動きのある年代でもあります。多くを経験することで自己を成長させ、他者理解を深める時です。

【Pinnacle Number】~その時の状況やあり方~
『15-6』
家族の問題から内面の強さを養う時期
家族や近しい人から多くの影響を受ける時期。周りの人からの期待に応えること、人に感謝されることで喜びを感じる。人への奉仕、愛を注ぐことを多く経験するでしょう。他者への愛、自己への愛、愛し愛されることの大切さを実感し学ぶ時期です。

【Challenge Number】~挑戦する課題や遭遇するトラブル~
『3』
自分を表現することが課題となる時期。
創造性、感性を自分らしく表現することがチャレンジとなります。


《Year Cycle 2》7歳の時、兄の影響で地域のサッカーチームに入団。
《Year Cycle 5》10歳 いじめに遭う。
《Year Cycle 9》14歳 日テレベレーザ入団
《Year Cycle 10》15歳 両親の離婚 サッカー日本代表
《Year Cycle 3》17歳 アトランタオリンピック代表入り
《Year Cycle 7》20歳 大学中退 渡米 アメリカクラブチーム入団
《Year Cycle 11》25歳 大怪我の中、アテネオリンピック予選活躍、オリンピック出場を得る
《Year Cycle 12》26歳 大活躍、アジアMVP、チーム優勝
《Year Cycle 7》30歳 二度目の渡米
《Year Cycle 9》32歳 INAC神戸移籍 ワールドカップ初優勝・大会MVP 国民栄誉賞


大きな愛を持って、人々を受容し、表現していくことがテーマの時期
出会いと別れを多く経験し、家族、友人、世界との繋がりを経験し、視野を広げて、大きな愛を学んだ時期だと思います。《Year Cycle 11》25歳の時、オリンピック最終予選では大怪我をして、戦線離脱をしていました。
チームメイトに、「なにもできなくていい、ピッチに立ってるだけでいいから」と懇願され、痛み止めを打ち痛みを堪えての出場。見事五輪の切符を手に入れました。チームメイトの愛、それに応える大きな愛を持って勝利した。その後は多くの仲間、スタッフの支えで厳しいリハビリを乗り越えて、オリンピックの舞台で活躍をした。
20歳、30歳共に《Year Cycle 7》の時渡米、世界を経験し、視野を大きく広げ彼女は飛躍していきました。これらの活躍で、澤選手は日本のレジェンドと称され、人々に大きな喜びと希望を与えてくれました。


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 33~50歳
【Cycle Number】
『6』【調和】
 調和すること。人のために役に立つこと、世の中のために自分が出来る事を考える。奉仕や育成の時期です。
 人との関わりが多くなる時期でもあります。近しい人へ愛を注ぎ、社会貢献し、責任も学び奉仕の精神を培います。
【Pinnacle Number】
 33~41歳 『13-4』【修練-安定】
『4』安定、基盤づくりの時期。安定を手に入れる時期
『13』修練、創造と破壊を繰り返し、常に学びを喚起させられる時期。本質に目覚める時でもあります。

【Challenge Number】
 33~41歳 『1』
 リーダーシップ、自立について学びが課題となる時期。

《Year Cycle 10》33歳 FIFAバロンドール賞受賞 ロンドン五輪銀メダル 
病気(良性発作性頭位めまい症) 
《Year Cycle 12》35歳 代表落選
《Year Cycle 13》36歳 カナダワールドカップ銀メダル 結婚
《Year Cycle 5》37歳 サッカー引退新たな道へ・・・


本質に目覚め、人々のために奉仕し、調和して行くこと。リーダーシップを学ぶことがテーマとなります。
病気や代表落選などの経験で新たな発見、挑戦を見出し見事代表復帰しました。家族、安定を求める時期に結婚をしています。新しい命が授かったとのうれしいニュースも届きました。どんなお母さんになるのか楽しみです。
調和しながら内面の成長を目指し、愛と責任を養うこと。仕事、健康、家族の現実的な学びに向き合い理解、創造、表現していきます。現在37歳これからどのような人生を創造していかれるのか、日本の女子サッカーが、再び世界一の栄冠を手に入れる時、澤さんが指導していることを期待しています。




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最後に・・・
澤穂希さんは、絶対的信頼でチームを牽引していた。欲しい時、欲しい場所に彼女はいてプレーしていた。
チームが一番苦しい時に力を注ぐ、一瞬のチャンスを逃さず点を取る。華麗で力強い選手でした。
プレーしているときの力強く、美しい姿がとても印象的でした。
このリーディングで、現状に背を向けず、どれだけの努力が実を結び、人々を魅了するのか、変化を恐れ、現状に甘んじると、本当に見るべき世界から遠ざかり、出会うべき世界、人を失うのではないかと思えてきた。
自分の弱さも認め、日々高めること、大きく成長する可能性を下げず、変化を楽しく、そして厳しく向き合い経験をしていくことがこれからの人生を送る鍵かもしれません。
一歩踏み出す勇気、本当の自分に向き合う勇気をもらえたような気がします。
ありがとうございました。


Reported by
AEONS Numerology Basic the 10th Class
Yoko @ Yokohama class
by kej000 | 2016-08-14 23:45 | 数秘レポート

俳優界を引っ張って行く若きリーダー*小栗旬

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小栗旬

本名  小栗旬  Shun Oguri

1982年12月26日生まれ



俳優界を引っ張っていく若きリ-ダ-

☆誕生数 4-13 <生まれ持った特質 本来の姿>
人生や生活のしっかりした基盤や安定を作るため コツコツと努力して足元を固めていくnumber そのこつこつと積み上げていく姿に周りの人々からの大きな信頼を得てその在り方自体がリ-ダ-になっていく人

また13は破壊と再生を繰り返すnumberでもある。
崩しては立て直し、その度に真面目に向き合いまた足元を固める努力を継続してける人でもある。
☆運命数  6 <この世における使命や目的>

6は愛と調和 チームワークの数字
また美の数字でもあり芸術的センスに優れた数字である。
世のため人のために尽くす仕事や 芸術的センスを生かし俳優 女優 歌手と自分のセンスを発信することにも長けている。

彼は俳優としての仕事を通して人との信頼関係 人との愛 一つの作品をつくるまでの責任 チームワークを学び続けています。出演した作品でのたくさんの人との出会いが彼の人生に大きな影響を与えています。
☆ ソウル数 3-21  <価値観や内なる動機 行動の基準となるもの>
  
  3は表現豊かで外交的なnumber
クリエイティブなナンバ-でもあり芸術 芸能 演劇にも向いている。
  自分の表現が人に光を与えます。
  彼の場合 人との出会いが今の仕事につながりました。
  子供の頃は人見知りでいじめや孤独を味わいましたが3の持つ社交性が人との出会いによって開花し 人が好き 仲間が好き 楽しいことが好きと気づくことができました。



☆人格数  3 <他者の目に映る印象や雰囲気>
 
 3は人を楽しませ自分も楽しむ その循環で空気を和ませる力を持っているNumber
彼も仕事仲間にサプライズプレゼントをして喜ばせたり 友達やお世話になった人に突然呼ばれても少しの時間でも必ず会いに行くというポリシー持っているそうです。
自分が行動することで人の喜ぶ顔が見られてまたそれを自分のエネルギ-にしているのです。

☆実現数 1-10  人生での可能性や実現性

リ-ダ-気質 開拓を表すnumber 1
開拓精神を持ち常に新しいステップを上るため 自ら先頭に立ち新たな可能性を切り開いていく人

彼の場合 事務所などの組織を超えてもっと才能のある俳優を上へ押し出そうと立ち上がり、また俳優の労働条件の向上を目指し組合を作ろうと組合を作ろうと動いています。
借金までして自らけいこ場を建て提供していrとのことです。まさに新たな場所を開拓しています。
☆ステ-ジ数  5  <活躍の舞台>
芝居 芸能も彼のステ-ジです。俳優以外に、声の良さにも注目され、ナレ-ション アニメの声優など活躍の舞台はどんどん広がっています。映画監督にも挑戦し最年少監督として新たなステップを踏みました。

☆チャレンジ数  1-10   <試練数 試される数字>
1は開拓と勝負の数 開拓者精神で常に突き進み挑み続ける数字 一人でもやりたいと思ったら行動できる力を持ち合わせている。
彼の場合、演劇に真剣に取り組むことを決めた時から自分が先頭に立ち演劇界を常に盛り上げています。

☆Nature数 6      <素の自分 自然体の自分>
6は調和を大切にし 家族、仲間など周りの人々に献身的に愛を注ぎます。
チ-ムワ-クを重んじ愛情を思いやりを持って行動します。
世のため、人のためとやりすぎてしまうと自分が苦しくなるので人との境界線がテ-マになっています。
☆Action数    4   <行動するときの自分>
4は仕事人生において安定、確固たる足場を作り上げるNumber.
足場を作るために真面目にコツコツと物事に取り組み、それが苦にならず、いずれ大きな実績を作り上げます。
 
彼の場合 稽古が終わっても自分の演技力を磨くため、彼が師と仰ぐ吉田鋼太郎さんの家に「どうしても稽古してくれないか?」と個人的に毎晩勉強しに行っていたそうです。すこし強引ですがその芝居に対する熱意や姿勢に吉田さんも心底感動したそうです。

  
☆ Cycle Number 8  33才から50才 <メジャ-サイクル>
組織のリ-ダ-になるNumber 契約の数字でもあります。
ますます大きな俳優になるためパワフルな仕事人間になるでしょう。
☆Pinnacle Number 1  33歳から41歳 <人生の山場 どんな状況の時期か?>
1は開拓精神を持ちいらないものを分別し、明確な目標を立て新しいステップへ行動してい時期です。
☆Challenge Number 6 33才から41才    
6は家族の問題から内面の強さを養う数字です。結婚、離婚、出産、死別などあらゆる家族のテーマから、それを経験してどう自分を整えていくのか?が課題になります。
小栗旬さんもご結婚されお子様が生まれて父親になり家族を持つ責任、父親になった覚悟を試される時期に入ります。また6は家族との境界線も課題になります。家族と仕事のバランスをどうとっていくかが、今後のテ-マになっていくでしょう。





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History

東京都出身 父は舞台監督 無類の漫画好き 
小6の時新聞の載っていたオーディションに応募 その後エキストラとして活躍

・13才    (Year Number 8)
・ドラマ 「木曜の怪談」に初出演
12才 小6の頃 オ-ディションに合格 
Year Number7で演劇の世界に目覚め探究し次年の8で現実へと近づいています。

・18才  (Year Number13)
ドラマ 「summer snow」の耳の不自由な少年の役で、注目を浴びる。
13は破壊と再生の数字 
13歳のドラマ初出演以来、周りの人の芝居に対する熱意や現場の雰囲気に圧倒され、
自分を見失う時期もありました。しかしいろんな職場や人に触れやっぱり自分には芝居しかない芝居がしたいという気持ちがあふれはじめて、芝居に真剣に向き合おうと決心して臨んだドラマ このドラマによって自分をとり戻し、再生の一歩を踏み出します。

・19才     (Year Number 14)
舞台 「宇宙で一番速い時計」で初舞台決定
14はしっかりとした支柱を意味します。芝居に真剣に向き合うと決心し支柱ができあがりその翌年の自分の映画に出てくれる仲間 自分と映画を作ってくれる人材を自ら集めます。
14に新しいチャレンジをして敢えて変化を求め新しい風を作ります。
監督業としてまた違った角度で俳優という仕事を見つめその後の自分俳優人生の糧となり
ます。
・21才    (Year Number 7)
 蜷川幸雄 「ハムレット」舞台に初抜擢
  7はステ-ジアップ、探究の数字、この年に蜷川さんの舞台に初出演。この蜷川さんとの出会いで芝居とは何か?演じるとは何か?という探究心 役を研究することを学びます。

・23才  (Year Number 9)
 ・ドラマ 「花より団子」ドラマでの出世作
  9は完成の数字。いままでの舞台経験で学んだことを糧にドラマの世界にも力を発揮し才能を開花させていきます。

・27才  (Year Number 13)
 ・テレビ「A-Studio」で笑福亭鶴瓶との出会い 
  13は破壊と再生と共に違った角度から物事を考えられる数字。鶴瓶さんとの出会いで、彼は誰とでも心の壁なく話す鶴瓶さんを見て衝撃を受け、今までの人見知りは損なことだと学んだといいます。それから人と話すことの喜び、楽しさを学び気づいていきます。

・28才     (Year Number 14)
 ・映画「シュアソ-サムデイ」で初監督 史上最年少の映画監督になる。
  自分の映画に出てくれる仲間、自分と映画を作ってくれる人材を自ら集めます。
  14の新しいチャレンジをしあえて変化を求め新しい風を作ります。
  監督業として、また違った角度で俳優という仕事を見つめその後に自分の俳優業の糧となります。
 
・30才     (Year Number 7)
 結婚 ドラマの出演がきっかけで山田優さんと結婚。7の年の結婚は信頼や絆を深めるのに最適の年。プライべ-トでも精神の充実を手にいれます。
32才     (Year Number 9)
・第一子誕生
お子さんの誕生により、の精神的なつながりがますます強くなります。
仕事でも初めての父親役がこの年に決まったり影響を受けています。




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《小栗旬をリーディングしてみて》

4の持つ真面目さ 1の持つリ-ダ-シップ 6の持つチームワ-ク、3の持つ明るさ
全てが俳優という世界で役立っていると思いました。
詳しく調べてみて彼のいろんな壁にぶつかり考えて悩んで、また変化して動き出す姿にみんなが魅了されていくのだと感じました。

《リーディングから学んだこと》
私は小栗さんの常に仲間をたたえて尊重する姿、いろんな壁にぶつかって悩んで考えて、また変化して動き出す行動力にいつも魅了されています。
詳しく調べてみて自分を同じ数字が多いことに驚きました。
それはきっと今までの自分の殻を打破し、行動する勇気を持つというメッセ-ジだと思います。
打破し行動するために私には何が必要か?考えた結果、まず自分を愛し、自分を信じることが必要だと気づきました。
簡単なことではないけどこれを忘れないように意識しながら過ごしていきます。


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reported by
AEONS Numerology Basic the 10th Class
Kan chan @ Kawagoe class
by kej000 | 2016-08-08 22:18 | 数秘レポート

いのちをむすぶ おむすびの祈り*佐藤初女 vol.2


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いのちをむすぶ おむすびの祈り
Omusubi, Connecting Lives
Sato Hatume


続き編です。
こちらを最初にご覧になっている方は、是非、Vol.1からお目通しくださいますと嬉しいです。



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<人生の年表>
History 主な出来事


1926年 5歳(#17-22)
教会から聞こえるアンジェラスの鐘の音に心惹かれる初女さん。
高い波動をこの頃から受けていたのでしょう。

1934年 13歳(#14-21)
父親の事業が失敗し青森市から函館へ転居。
14の数字の示す、家族との協調、家などの余儀のない変化を体験することによって、
真の建設的な自由とは何か?を学ぶサイクルにありました。

1938年 17歳(#15-16)
結核、カリエスを発症。
女学校を中退し青森へ戻る。このころ聖女テレジアの自伝『小さき花』に出会う。
サイクル15(デビル)16のときの出来事です。
数字の16は、真理の探求を意味する数字で、多くの体験や事態に遭遇し
何度も価値観を変え、心理とは何かを探求することになります。
また人生の途中から運命的な絆に吸い寄せられるように神秘的な方向性へ
向かうことも示唆します。
初女さんにとっては、結核を発症し、同じく結核に苦しみながらもその信仰を全うした聖女テレジアとの出会いがありました。のちに洗礼を受けた初女さんは洗礼名を「テレジア」とされました。

1939年 18歳(#15-17)
小学校教員となる。

1944年 23歳(#15-22)
校長だった佐藤又一氏と結婚。
26歳の年の差、子連れ(長男24歳、長女21歳、次男18歳)という条件に
両親は猛反対するが、娘の意志の固さに最後は折れて結婚。
それを機に夫とともに小学校を退職。
なんともドラマチックな選択をした初女さん。
ちょうど22の数字の年でした。
大きな視野の愛のもと、新しいステージに向かったことを意味しています。

1945年24歳(#15-23)
空襲で焼け野原となった青森市から弘前市へ転居。その後、生涯を弘前を拠点に活動します。

1947年26歳(#16-16)
妊娠。命の保証はないと何人もの医師から出産を反対される。
16の数字のサイクルの始まった年です。
愛や信頼の価値を修正し、真理とは何かの探求が始まりました。

1948年27歳(#16-17)
息子を出産。

1953年 32歳(#16-22)
女学校時代からの念願であったろうけつ染めを習い始める。
このろうけつ染めが、のちに自宅で教室を開くことにつながり、
弘前イスキア、森のイスキア活動へと発展します。
初女さんの活動の拠点は、この22の数字の年に始まったと言えます。

1954年33歳(#16-23)
弘前カトリック教会で受洗。
霊名はテレジア

1956年 35歳(#16-25)
結核が完治したと実感。17年にわたる闘病生活が終わる。
一方、長年、桜の研究に没頭していた夫の又一氏が
自ら作詞作曲した「弘前さくら音頭」の発表会に
退職金を使い果たし困窮。

1957年36歳(#17-17)
染色作品が青森の物産として選ばれ、全国の百貨店に出品。
また各地の会場に出向き実演や染色指導を行うようになる。
新しい17の数字のサイクルの始まりの年でした。

1962年 41歳(#17-22)
この頃より初女さんの人柄と美味しい手料理を慕って
自宅に人が集うようになる。自然に悩み相談をうけるようになる。
数字の22の年です。その後の初女さんの活動の礎となる活動がここから
始まっています。

1970年 49歳(#18-21)
敬愛するヴァレー神父の「奉仕のない人生は意味がない」というお説教を聞き
大きく心を揺さぶられる。本格的に奉仕の道へ進む決意をする。

1973年 52歳(#18-24)
夫又一氏が逝去。亡くなる一週間前に受洗。

1978年 57歳(#19-20)
弘前学院短大で非常勤講師となり染色を教える。
数字の19のサイクルに入っています。
家族や自分の殻から抜け出ようともがく数字です。
激動の変化をくぐりつつ、真の力のあり方を普遍の真理を学ぶことによって
自立し、本当の意味での自信と威厳を現実社会で確立していくことを学ぶ時期と言えます。

1979年 58歳(#19-21)
主宰する弘前染色工房のために自宅の庭にろうけつ染の教室を増築。

1980年59歳(#19-22)
ヴァレー神父の急逝。

1983年62歳(#19-25)
長期滞在する人も増えたため自宅スペースを広げたいと願っていた初女さんの思いに様々な人が答えて、寄付により2階を増築。弘前イスキアと命名。地元の主婦たちがボランティアで活動を手伝うようになる。


1985年64歳(#19-27)
ヴァレー神父の意志を継ぎ、特別養護老人ホーム大清水ホーム後援会副会長、弘前カトリック教会信徒会副会長、日本共助組合連合会理事に就任。

1988年67歳(#2-3)
弘前イスキア開設5周年を迎え、感謝の記念ミサが開かれる。
5年間に訪れた人の数は400人を集い、自宅に長期間人を受け入れることに
限界を感じ、「自然の中にみんなが集い、安らげる場所を」と願う。

この前年の66歳から初女さんの人生は1桁の数字が始まります。
それまではずっと2桁の数字で続きでした。
自分の力ではなんともならない
状況の中で生き抜いてきました。
これからが初女さんの主体的な人生の幕開けです。

1989年 68歳(#2-4)
長年親交を深めてきた女性の両親から支援の申し出を受けて
岩木山山麓の土地購入。
日本善行会賞受賞。
数字の4が示す、安定、建設、基盤。
森のイスキアの基盤となる場所を確保した年となりました。

1992年 71歳(#2-7)
森のイスキア完成

数字7の年に完成しました。
飛躍の数字でもあり、深く一つのことを探求する数字でもあります。
弘前市内から車で1時間ほど行った、岩木山の麓に位置する
森のイスキア。世俗から離れて自然の中で内省する場所が完成したのです。

1993年 72歳(#2-8)
アメリカコネチカット州ベツヘレムにあるレジナ・ラウディス修道会から鐘が届く。
森のイスキアに鐘を響かせたいという夢が叶う。
ミキ女性大賞、ソロプチミスト女性ボランティア賞、弘前市シルバー卍賞受賞

1994年 73歳(#2-9)
ドキュメンタリー映画『地球交響曲第二番』への撮影開始。

数字の9の年に始まりました。
今までの初女さんの生き方を集大成する機会になりました。

1995年74歳(#2-10)
ドキュメンタリー映画『地球交響曲第二番』公開され、一躍脚光を浴びる。
東奥賞、国際ソロプチミストアメリカ連盟女性栄誉賞受賞

10の年の出来事でした。
それまで東北地方で知る人ぞ知る活動を地道に展開してきた初女さんですが
全国、世界に知られるひととなりました。


1997年76歳(#3-3)
宮城県青年の船に招待され、ロシア、韓国を巡る船上で公演する。
「おむすびの祈り」、「朝一番のおいしいにおい」が出版される。

3のサイクルがスタートした年です。
初女さんの持ち前のインスピレーションで導かれるまま
魂の喜ぶ旅が始まりました。
この後、全国各地、世界各地を飛び回りまわる生活が始まります。

1998年77歳(#3-4)
弘前イスキア、森のイスキアの命名の由来の地、イタリアイスキア島を訪問。

1999 78歳(#3-5)
バングラディッシュを訪問。
本2冊出版。

2000年79歳(#3-6)
鐘を贈ってくれたアメリカのレジナ・ラウディス修道会の院長が森のイスキア訪問。
本出版。
森のイスキアの裏の土地を確保したいという夢が、長年親交を深くしていた方の遺志により叶う。息子の芳信さんが「小さな森」と命名。

2001年80歳(#3-7)
アメリカ3箇所(ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨーク)でおむすび講習会。

2002年81歳(#3-8)
息子芳信さん逝去。
森のイスキア10周年を記念して岩木山の巨石が設置される
本出版、NHK「こころの時代」に出演。


2003歳82歳。(#3-9)
「小さな森」をみんなが憩える場所にしたいという初女さんの思いを汲んだ支援者が
修景に着手。
本出版

2004年84歳(#3-11)
「小さな森」完成

2006年85歳(#3-12)
シンガポール訪問
テレビ東京「誰でもピカソ」出演
本出版

2007 86(#4-4)
本出版

2008年87歳(#4-5)
ハワイでおむすび講習会
本出版
数字4の周期が始まっています。

2009年88歳(#4-6)
ベルギーでおむすび講習会実施。
本出版

2010年89歳(#4-7)
知人より森のイスキアの近くの土地の提供を受け、念願の畑づくりを開始。
NHKプラネットの依頼にで「生物多様性」について講演。
本出版

数字7の年から、生物多様性について講演をしています。
今までの初女さんの食べもの、命と向き合うことの洞察が深まった結果と言えます。

2011年90歳(#4-8)
東日本大震災を経験。
パリでおむすび講習会。
本出版

2013年 91歳(#4-9)
「世界の平和を祈る祭典in 日本平」でキリスト教徒代表として登壇。
マザーテレサの言葉を読み上げる
主よ、きょう一日、
貧しい人や病んでいる人々を助けるために、
私の手をお望みでしたら
今日、わたしのこの手をお使いください。

主よ、きょう一日、
友を求める小さな人々を訪れるために
わたしの足をお望みでしたら
今日、わたしのこの足をお使いください。

主よ、きょう一日、
優しい言葉に飢えている人々と語り合うために
わたしの声をお望みでしたら
今日、わたしのこの声をお使いください。

主よ、きょう一日、
人というだけで
どんな人々とも愛するために
わたしの心をお望みでしたら
今日、わたしのこの心をお使いください。

ダライ・ラマと対面し、おむすびを振る舞う。
本出版


2014年 93歳(#4-11)
本2冊
2015年94歳(#4-12)
本出版
2016年94歳(#4-12)
2月1日逝去 月ナンバーは5から6へ変わったところでした。6は生と死、境界を超えることと意味します。

最後に、初女さんの最後の著作『いのちをむすぶ』のあとがきから、初女さんのこの言葉を引用して、結びにしたいと思います。

_________________________
私は今、94歳です。死にたくはないけど
死ぬことはこわくありません。
夫の信条は「最期の最期まで生きんとして生きる」でしたが、
私もこれまで通り、神さまにいただいたいのちに感謝しながら、
最期のときまで真実にいきていきたいと思っています。
(中略)
昔のように動けなくなったことは残念ですが、原点に返ったつもりで、
弘前の自宅で訪ねて見える方々をお迎えして、いのちを伝える活動をつつけています。
手料理でおもてなしすることもままならないけれど、ひとつの出会いがまた次の出会いへと
結ばれ、融合し、うねりとなり、波のようにどこまでも広がっているのが、はっきりと感じられます。
ひとりひとりに森のイスキアが宿っているー。そのことが何よりの励みです。

私も、もっともっと働きたいと願っています。
人はいくつになっても航海の途上にあるのですから、一歩でも半歩でも進み、少しでも広がっていきたいのです。
もうできないと悲観するのでなく、希望を持って次の展開を待っています。

2016年 まだ見ぬ海の彼方を夢見ながら 佐藤 初女


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*****************

初女さんと自分をつなぐもの。
しばらく考えて、思い浮かんだのは、
HOME、という言葉でした。
私は、いつからか、ホームを求める気持ちがありました。
自分自身がホッとくつろげる居場所。
心通い合う人たちと、そんなホームを作れたら。
そして、そんな仲間に囲まれて、旅立てたら、幸せ。
いつか、行き場のない人たち、静かに生活できるホームを作りたいと夢を持っています。


初女さんは、相手の方がホッとくつろげる、「ホーム」そのもののような方でした。

4年前、雪深い1月に弘前イスキアに初女さんを訪ねました。
お会いした初女さんの印象は、一言で言うと、「自然体」。
それは、流れる水のようなしなやかな自然な存在でした。
そして、ご自身の心と体を、最後の最後まで使い切るという
静かな信念が存在から感じられました。
それは、覚悟、という大げさなものではなく、
本当に、静かな信念。

冬の弘前は、それはそれは雪深く、何もかもが真っ白に埋め尽くされていました。
大きな自然を前に、私たち人間が何をあがいているのだろう。
人と人との間で生き、苦しみ、逃れるようにやってきた弘前は
私を優しく迎えてくれました。
大きな自然の前ではなんともならない、
そんな諦観を持った静けさを場所から感じました。
またそうした自然を前に、
人同士がゆるく結びつき、謙虚で優しい空気を感じました。


数秘を学ぶと決めて、卒業readingは初女さん、と思っていました。
同じ8、3、11−2を持ち、初女さんのソウル数9は、
自分のステージ数でもあります。

初女さんをreadingして、私は正直、こんなに偉大で地道で謙虚な生き方を
私はできるのだろうか。
否、初女さんだからできたことで、私にはとても無理。
そう思いました。
初女さんの言葉は、とてもシンプルで真実です。
「今を生きる」「いつも感謝の心で」

いつも感謝の心で、今を生きていたなら、自然と脚元に道が見えるでしょう。

この世に生まれてきたとき、人の間で生きようと決めてきた自分。
いつしか、この世に生きていく中で、方向を見失いつつありました。
今回、生まれてきたのは何のため?
自分が持って生まれたこの数字に込められた意味。
それを初女さんがもう一度気づかせてくれました。
私にとっても、神とつながることは行動すること。
祈りは行い。
魂が喜び輝くことを選んでいこう。
どんなに揺れ動いてもいい。
どんなことが起きても、すべては魂の経験。
透明に生きる。
自分を限りなく透明に、神様の一滴を受け入れられる器でありたい。
そう思いました。

すべては魂の経験のため。
これからは、恐れずに、自分の魂の声に従って
一歩一歩前に進んでいきたい。

そんなふうに感じました。
Viva初女さん!

Aeons Numerology the 10th Basic Class
Reported by Kannon @Kawagoe class
by kej000 | 2016-08-06 10:11 | 数秘レポート

いのちをむすぶ おむすびの祈り*佐藤初女 vol.1

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いのちをむすぶ おむすびの祈り
Omusubi, Connecting Lives
Sato Hatume



青森県の岩木山麓にある「森のイスキア」。苦しみを抱え、心が傷ついた人たちを受け入れ、痛みを分かち合う癒しの場です。佐藤初女さんは半生を通じて心を込めた手作りの料理で、食を分かち合い、いのちを伝える活動をしてきました。
初女さんは数秘で読み解くと、どんな方だったのでしょうか。


さとう はつめ
佐藤 初女


出生名 神 初女 
    Hatsume Jin

生年月日 1921年10月3日
逝去    2016年2月1日




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〜Personality〜

(Birth No. 17−8) 生まれ持った資質・個性・潜在能力

「生命の樹」にみる8の特性は行動的で直観思考型、一つを長く追求する熱中を表す数字です。


(1)尽きない心〜無限大∞の8

「私には心がある。心は汲めども汲めども尽きることはない。その心を差し出そう。」

初女さんは8の数字が示すように直観思考型で行動的です。
ある時、通っていた教会の神父様が、こんなことをおっしゃったそうです。
「奉仕のない人生には意味がない。奉仕には犠牲が伴う。犠牲の伴わない奉仕は、真の奉仕ではない。」
この言葉を聞いた瞬間、初女さんは何かに打たれたような衝撃を受けたそうです。その日初女さんは「今のままではいけない。私にできることはなんだろう?」と考えながら家路につきます。その帰り道に、ある交差点に差し掛かったときに、こうひらめいたそうです。そして、それから約40年以上、半生にわたって見ず知らずの人を受け入れ、おむすびを握り、人々に生きる力を与え続けました。

8の数字は、無限大を示す∞(レミニスケート)を象徴しています。
汲めども汲めども尽きることのない心。その尽きない心は神様とつながっています。初女さんの出生時の姓が「神(じん)」というのは、まさに「神」とつながって生まれてきたことと体現しています。8は初女さんを象徴する数字と言えます。


(2)行動の数字8

「私にとって祈りとは生活です。
生活の動作、ひとつひとつが祈りです。
心を込めて食事をつくったり
ともに食卓を囲んだり
ごく平凡な日常の営みの中にこそ
深い祈りがあるのです。」

数字の8は、行動の数字でもあります。
初女さんは、敬虔なクリスチャンでしたが、
静かにじっと座って祈ることは少なかったようです。

初女さんにとって祈りとは動、生活の動作ひとつひとつが祈りでした。
8の数字の持つ動的な性質を体現していると思います。

(3)パワーの8

「訪れてくる人は神様の代わり」

8はとても強いパワーを持った数字です。初女さんは、どちらかというと物静かで前に出て行くタイプではありませんでしたが、その行動はパワーに満ちていました。

40代の頃から自宅を開放して「弘前イスキア」を開設し、のちに岩木山の麓に
「森のイスキア」を開設します。
時には夜中でも、初女さんを頼って来訪者が訪れます。どんな時でも初女さんはすべてを神様に委ねてドアを開け続けました。もともと病弱で、決して頑強なお身体ではないなかでの長年の活動で、時には倒れてしまうのではないかとご自身でも思いながら、それでも命が尽きるまでその活動を続けました。
それは8の持つ情熱と、実行力、バイタリティーの力強さを物語っています。

(4)リーダーシップの8

イスキア活動は初女さんの活動に賛同し、お手伝いを申し出る方達によって運営されていました。また全国には、初女さんの活動に賛同するグループもいくつか組織されていました。初女さんの思いや活動に賛同し、その行いを支える仲間の存在がありました。8のリーダーシップ、組織立てる力がここでは発揮されたといえるでしょう。自然と人が集まる静かなカリスマの持ち主でした。


Reading ナンバー
計算途中の2桁:若年期から本来の意図する方向への学びの経路は?
1+7=8
若い時期に1、その後7を学ぶことにより中年期以降に8(社会へ出て行く)が活用できるような基盤を築く

1・・・幼いころから教会の鐘に引き寄せられ、高次のエネルギーやインスピレーションを受け取っていたと言えます。
7・・・その後キリスト教との出会い、神様とのつながりを深めるなかで、内省を深めました。
のちにそれらが、8へと開花させました。

_________________________________

(Destiny No. 3)使命、目的、仕事、ライフワーク

Destiny ナンバーはMissionナンバーとも言います。
初女さんのMissionはなんだったのでしょうか。
数字の3には、発展、成長のバイブレーションがあります。
3の数字の持つミッションには、
「精神的な喜びを人に与えること」「人々に未知の光を投げかけること」とあります。まさに初女さんの社会的な活動の変遷は3を生かした実践でした。


(1)おもてなしの3
「あなたに喜んでもらえるように」

常に自身の内奥から湧き上がるスピリチュアルな導きを行動にした初女さん。
初女さんは精神的な喜びを人に与え、未知の光を投げかけ続けました。
自宅で染物教室をしていましたが、その部屋を誰でも温かく迎え入れ交流できる場にしました。1983年、62歳のとき「弘前イスキア」と名付けました。自分を見つめ直し、新たな生きるエネルギーを得られる場にしたいという初女さんの願いが込められています
初女さんは表現力、感性、直観力を惜しみなく世の中のために使うパイプを創ることを使命にもって生まれました。初女さんのパイプとは、人をありのままに受け入れることであり、おむすびで結ぶつながりです。

(2)広がる活動〜広がる場所を

「心にはいつも、前に進むための言葉を持っています」

数字の3には発展や成長、開放の意味があります。
初女さんの持ち前の感性の豊かさと楽観性でイスキア活動は育まれてきました。

「私の生き方は、自然に任せる、直観で決めるということが多いのですが、何も不安に思わずにそのようにできることは、きっと私が何も持っていないからだとおもいます。そしてそのことが私の最大の強みではないかと思っています。」
3の持つ波動は明るく純粋で、天からのサポートが来やすいと言います。自宅を開放して人を受け入れる細々とした活動が、いつの間にか周囲のサポートを受けながら森のイスキア開設と発展していきました。


(3)好奇心と行動力の3
「子どもの頃の夢が70代で叶いました」

 初女さんの行動が本格化したのは60代から。初女さんの活動が青森県内にとどまらず日本全国、また世界へと広がるようになり、各地から講演会に呼ばれることが増えていきます。もともと楽しいことが大好きで好奇心旺盛な初女さん。
周囲が高齢だからとハラハラするなか、初女さんは招かれれば二つ返事でどこへでも出かけて行きました。
制限をかけない純粋な3の波動の持つエネルギーを体現しています。

(4)与える愛、育む3
 小学校の教師時代に、その学校の校長先生だった夫と結婚しました。当時、初女さん23歳、夫は28歳年上で、3人の連れ子がいます。周囲は強く反対したそうですが、初女さんの決心は揺らぐことはなかったといいます。精神性高く、与える愛を象徴していると思います。
 結婚後は退職し、自宅で染物教室を開き、生徒さん達に染物を教え、また短大で染物の講師もしています。人を育て、育むことを選択し、行動しています。
自宅での染物教室は、その後の弘前イスキア、森のイスキア活動へとつながります。
初女さんは常に純粋な精神から行動を選択し、それが積み重なり、のちの大きな礎になっていったと言えます。


(5)明るさと闇

「苦しいと思うほど、とことん苦しみます。
もうこれ以上できない、
もう限界、というところのどん底まで落ちるのです」

父親が事業に失敗し倒産、生まれ育った青森を離れ函館へと引っ越しを余儀なくされます。その心労から、17歳で結核を発症します。電柱1本分の通学ですら吐血し、学校に行く事もままならなくなったそうです。じっと闘病生活に耐える日々が続きます。
 28歳の年の差結婚で結婚した夫には3人の連れ子があり、周囲の猛反対にあいます。また初女さん自身、妊娠しますが、病弱だったことから出産を諦めるようにとどの医者からも断られますが、最後は神様に全てを委ねて息子を出産します。しかしその息子も、初女さんが81歳の時に55歳の若さで夭逝します。

初女さんの持つ数字の3の明るさと精神性の高さは、様々なことを経験したからこそ得られた輝きなのです。

__________________________________

(Soul No.  18−9) 魂の欲求、一番大切な価値観

数字の9は自然数のすべてであり、完璧、完成、真理の数字とも言われています。
初女さんの魂は、なんでも受け入れる懐の深さを持っていたと言えます。

(3)体と心、物質と精神性を結ぶ9

「食べることはいのちをいただくこと」「いのちの移し替え」

9の数には、物質的なものと精神的なものの統合の意味もあります。
初女さんは自分の気持ちを、おむすぶに込めて、人々に差し出していました。

初女さんのおにぎりは、ただ丁寧に作ったというだけではなく、そこに込められていたのは「愛」そのものでした。そんなおむすびを口にして、傷つき悩む人々は生きる力を分けてもらっていたのでしょう。
「初女さんのおむすびを食べて自殺を思いとどまった」というエピソードは
初女さんの活動を象徴しています。初女さんの精神性がおむすびに、食に現れていました。

「おむすびの祈り

「おむすびを握りながら、なにを考えていますか」
とよく訊かれますが
私はなんにも考えていないんです。
おいしくなれとも考えない。
一粒一粒のお米を生かすように
ただ無心に握っているだけ。
十の工程があったら、十のどこにも心を離したくないから
考える余地なんてないんですよ。
ひとつひとつの工程に心をかける。
それが私の祈りです。
本当にお伝えしたいのは、おむすびの作り方ではなくて
「信仰とはなにか」ということなのです。

「信仰

 信仰のみなもとは、愛を受け容れること。
それは誰もが生まれたときからできていることで
特別なことではありません。
信仰はじぶんでつくるものではなく、与えられ受け取るものです。」


「お米が息ができるように、ふわっと盛ってさしあげます。
おむすびもね、お米がいきができるようにと思って握るのです。
あまりぎゅっと握ってしまうと、お米が息ができなくなってしまうから。」

できあがったおむすびは、ラップやアルミホイルではなく、タオルに包みます。

初女さんは食を大切にしてきました。それは、ご自身が肺結核を患い、喀血を繰り返していた女学生の頃、お見舞いに桜鯛の潮汁を頂いた時、鯛のお出汁がスーッと指先にまでしみわたったそうです。薬や注射では得られなかった感覚で、食べたい、生きたいという思いが体の奥底からむくむくと湧いてきたそうです。
初女さんにとって食べることは食材のいのちをいただくこと。
おむすびをつくるときも、その思いの根っこは一緒です。


(2)柳のようしなやかな心 9
初女さんの魂の数字9を現すこんな表現があります。
「心が大揺れに揺れても、芯が通っていればいいのです。
(略)人も木々と同じではないでしょうか。
木々がそよ風に揺すられたり、大風にあおられたりするように、人生にはいろいろな出来事が次々に起こり、心を揺らします。そんなとき、どれだけ心が揺れても自分を見失わず、しっかりと芯の通った生き方をしたい。私はそういう人間になりたいと願っています。」

柔らかな柳のようなしなやかさで、幅広い人と交流できる方でした。
包容力があり、魂の根本には奉仕できる喜びにあふれていました。
深い慈悲心と、自己犠牲。愛と理解力を持って穏やかに人類愛を実践していました。
晩年には「初女おかあさん」「日本のマザーテレサ」と言われるように、
初女さんは私たちにとってどんな時でも温かく受け止めてくれる
お母さんそのものでした。

数字の9は全てを包含する数字であるがゆえに、なんでもありになりがちですが
初女さんは奉仕に生きること、キリスト教という揺るがない信条を得て
全てを受け入れる真の強さとエネルギーでもって奉仕を実践していきました。

(3)思いやり深く、包み込む愛 9
 初女さんの人生は、与える愛そのものでした。小学校の先生をしていた初女さんは校長先生だった夫と結婚します。その当時、初女さん23歳、夫は49歳、夫には3人の連れ子がいたそうです。周囲は強く反対したそうですが、初女さんの決心は揺らぐ事がなかったといいます。23歳で3人の母親になる、それは本当の愛がなければできないことでしょう。
初女さんは常に受け取るよりも与える愛を選び、純粋な精神的喜びから行動を選択していきました。

(4)精神的成長 次の光を求めて 9
 初女さんのその人生は、ドラマチックで、激動の人生でした。
それは、時代や環境に翻弄される激動ではなく、初女さんが置かれた状況の中で心の声に従い、その活動を広げていく中での変化だったとも言えます。

「神さまが備えてくださった道を、自分であるいきます」

初女さんは、いつも自分の中に神様を感じていたそうです。辛いことや悲しいことがあったとき、どんなときでも神様が見ていてくださると思うと、勇気が湧いてきたそうです。
自分の中にある神の声を常に感じ、心穏やかに生き抜いた、そんな人生でした。

(5)母の愛
 Soulに9を持つ初女さんは、よく「母の愛」とおっしゃっていました。

「母性愛とは 言葉を替えれば受け入れること

人は受け止められたと思った瞬間から、本当の強さを発揮することができます。
どんなに苦しんでいる人でも、すべてを話して受け入れられていると思った時から、自ら解決策に気づいていくものなのです。
そのような母性愛がもう少し一人ひとりの心の中で芽生えるなら、混沌とした現代のような状況も、少しは変わるように思えるのです。」

初女さんは東北のマザー、初女お母さんとも呼ばれ、私たちの心の母のような存在でした。

(6)全てを受け入れる包容力の9

9の数字には、全てを包含する力があります。初女さんは、どんな人も状況も受け入れる包容力のあった方でした。また初女さんは、活動を深める中でこんなこともおっしゃっています。




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「響きあう

ぬか床って
生物多様性だと思うんです。
米ぬか、塩、昆布、鷹の爪、
きゅうり、にんじん、ナス、大根
食パン、りんご、ヨーグルト・・・
それぞれがそれぞれのままに
おいしさを引き出しあう。
あるがままにいるだけで
互いに支えあっているの。
多様なものが
多様なまま響き合いともに生きる。
それがいのちの摂理です。」

ぬか床からこんなことを考える初女さんは、精神が高く、実践する哲学者のようでした。
「人にもものにも、それぞれにいのちがあって、そのいのちが響きあう中で、私たちは生きています。難しく考えなくても、すでに私たちは多様ないのちの中で暮らしているのですね。肝心なのは、その関係に気づいているかどうかです。気づいていなければ人間の、あるいは自分の都合が優先されて当然、のような考え方に慣れされてしまいます。気づいていれば、自然と「感謝」の気持ちが湧いてきます。」

__________________________________

(Personal No. 3)他者に映るその人の表面的人格


敬虔なクリスチャンであり、自宅を開放して心病める人を受け入れ続ける・・・、
初女さんの活動を聞くと、どんな真面目な人だろうと想像されるかもしれません。
実際の初女さんは、とてもお茶目で、好奇心の旺盛な方でした。
自分が前に出るタイプではありませんが、人を癒し、人を惹きつけるチャーミングな方でした。

初女さんには、力んだところや無理をする様子はありません。
いつも、優しい東北弁でとつとつと話す自然体な方でした。
よく、揺らぐ柳の木のお話をしていました。
「柳の木のように風に揺らいでも構わない。
芯がしっかりしていれば元の位置に戻るから」
初女さんにはキリスト教というぶれない軸が一本ありました。

 初女さんの講演会の後は、参加者との分かち合いの時間を大切にされていました。
みんなからの質問や悩みにその場で回答する初女さんの、天然で素朴な回答に思わずみんなが笑いに包まれる。そんな純粋でまっすぐなところも初女さんの魅力でもありました。人をもてなす潜在的な力を持つ数字の3を体現するように、白髪を紫色に染めるおしゃれで上品な方でした。

___________________________________

(Realization No. 11-2)今回の人生での可能性や実現性

(11)
数字の11は最も高次のバイブレーションを示す数字です。
人と天を結ぶ波動であり、天からその波動を受け取り、現実社会に下ろす役割を持って生まれました。

「昔から人にお会いする時間は「神様の時間」だと思ってきました。
神様の時間ですから、自分の都合は後回しにして、最優先で時間をつくり、
心を傾けるのは当たり前です。これは私が神さまからいただいた大切な使命
なのですから。」

初女さんは鋭い直感力と秀でた洞察力で高次からメッセージを受け取ります。
そのメッセージを汲めども汲めども尽きることのない無限のエネルギーに変えて行きました。晩年には、講演会に呼ばれることも多く、全国各地、時には海外までおむすび講習会に出かけて行きました。時にご自身でも倒れてしまうのではないかと思うほどの過密スケジュールでも、不思議とその場になると力が湧いてきたそうです。
青森県弘前の地を愛し、特に岩木山を愛し、自然に囲まれた森のイスキアを愛した初女さん。「岩木山とともに、大自然の中で人々を迎えたい」そう言います。
初女さんは神からのメッセージを伝える、メッセンジャー的な存在だったのでしょう。

また11は1の2乗の数字でもあり、心を高次の世界に常に開け放ち、
直観を信じて自分の創造性を大きく世の中に築きあげた人とも言えます。
初女さんはよく「今を生きる」という言葉を好まれました。
それは数字の1を持つ初女さんのピュアでまっすぐな心で、
夢を現実的に地道な努力でもって達成する、その姿に他なりません。
自分の自宅を開放して、私財を全て奉仕に投入する、
そんな前例のないフロンティア精神は数字の1の影響でしょう。


(2)
また2の数字が表すように、調和と受容を体現した活動でもあります。
初女さんは「愛とは受け入れること」と言っています。
「人とお会いするときは「神さまの時間」と言います。


(Stage No. 1−10) 活躍の舞台
霊性に基づいた独創性を発揮し、新しい活動を創り上げました。

(Challenge No.  2−20)試練数
奉仕の精神にあふれた初女さん。与えることと受け取ることのバランスや人との境界線と常にバランスを考えていました。

(Nature No. 3)素の性質
与えられた生を楽しむ気持ちを持っていた初女さん。どんな困難も自らの糧にして、人への奉仕へと繋げました。

(Action No. 1) 行動特性
直感を信じて前進し続けました。


(Month No.10−1)若年期の様相
近くの教会から聞こえるアンジェラスの鐘の音に心惹かれる幼い頃の初女さん。その頃から今世の一生を決める霊性に導かれていたのでしょう。
(Day No. 3) 個性や行動特性を見る第2ツール
自らが楽しいと感じ、そのインスピレーションを活かして人をもてなすのが初女さんの持つ波動と言えます。


(Year No.13−4)年代意識数 宇宙数
13は修練の数字です。創造と破壊を繰り返し、常に学びを喚起されます。
障害の度に変容する修練を経験し、カルマの負債を清算することになります。
また4の数字はそうした受難を経て基盤が強固に揺るがないものになることを示しています。


〜Cycle /Pinnacle/ Challenge No. 〜
☆サイクルナンバー どのようなことを学ぶ時期か?
☆ピナクルナンバー どんな状況の時期なのか?
☆チャレンジナンバー 与えられた試練や今回の人生での課題

【0〜28歳】
〜母となる・出生から息子出産まで〜
*Cycle No 1  種まきの時期。焦点を定めて明確な目標を作る時期。
*Pinnacle No. 4 準備と前進の時期。
*Challenge No. 2 受容と協力。境界線を保ちつつ奉仕する人生を確立する。


【29〜37歳】
〜染物で入選・自分の如何ともしがたい状況を受け入れつつ、受容と学びを深める時期〜
*Cycle No 3 より多くを経験し、さらに想像力を発揮し豊かさを受け取る時期。
*Pinnacle No. 7 内省と探求
*Challenge No. 1  霊的資質に目覚める。感性と直観を生かす。心の柔軟性を学ぶ。

【38〜46歳】
〜人が集まる・イスキア活動の礎の時期〜
*Cycle No 3 より多くを経験し、さらに想像力を発揮し豊かさを受け取る時期。
*Pinnacle No. 2 独創性と奉仕を発揮する時期。交流を通じて自己成長を図る時期。
*Challenge No. 1  霊的資質に目覚める。感性と直観を生かす。心の柔軟性を学ぶ。

【47歳〜】
〜イスキア活動の発展〜
*Cycle No 4 収穫、基盤づくりの時期。ステージアップの段階
*Pinnacle No. 5 変化と自由の時期。変化を楽しむ機敏さと柔軟さを学ぶ時期。*Challenge No. 3  自分の感性を表現していく。外へ出て行き視野を広げる。




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それでは初女さんの半生を数字と共に細かくみてまいりましょう。
vol.2へと続きます 。どうぞ引き続き、ご覧くださいませ。
by kej000 | 2016-08-06 09:59 | 数秘レポート

終わりなき旅*ミスチル・桜井和寿

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終わりなき旅  
Mr.Children/桜井 和寿

 
櫻井 和寿
1970.3.8(現在 46歳)  
  シンガーソングライター

【Birth(誕生数)】 #19-#10-#1
Birthとは生年月日をもとに算出するナンバーで【資質、性格、個性】を表します。
   
ミュージックシーンでは誰しもが認める絶対的存在の桜井和寿さん。
独創性あふれる歌詞とメロディーはピュアなハートの持ち主の桜井さんならではでしょう。#1のナンバーが示すように、新しいことへチャレンジしていく開拓精神やリーダー気質を兼ね備えています。

ミスチルだけにあらず、非営利組織「ap band」を設立。その活動の一環として「Bank Band」結成。活動から拠出した資金は、環境保護や自然エネルギー促進事業、省エネルギーなど様々な環境保全のプロジェクトのための資金としても役立てられています。

夢を実現するために地道な努力を怠らず、常にオリジナルを目指すこと。しかしながら、新たな可能性を切り開くフロンティアスピッリトの持ち主であるがゆえ、数多くのもがきも経験するでしょう。

また#1のほかに#10、#19というカルミックナンバーも持ち合わせています。
カルミックナンバーとは「カルマの数字」を意味します。

それぞれのナンバーに意味がありますが、#10は『再誕生』を意味し、前世でやり残したカルマや目的を今生で果たすナンバーで人に癒しを与える方向へ向かうことが多く見られます。  
スピリチュアルなナンバーの#0も持ち合わせていますので、直観力を生かして本来の自分に還る変化のタイミングをのがさないように注意をすればスムーズに物事が進んで行くように思います。

#19は『力』を意味します。リーダーとなる資質を持ち、人々や世の中のために偉大な貢献をするナンバーです。試練を乗りこえるために勇気を試されます。自立し本当の意味での自信と威厳を現実社会で確立していくことを学んで行くでしょう。


【Destiny(運命数)】 #12-#3 
運命数とは誕生数で与えられた才能や個性をどう生かしていくかを告げるナンバーです。
人生の目的(mission)、社会的役割を告げるナンバーといった方がわかりやすいでしょうか。

#3というナンバーは新しさの誕生やさらなる発展を意味します。
新しさの誕生には何よりも自ら表現することが重要になります。音楽を通じて表現することで#3のナンバーのバイブレーションを上手く生かすことができると思います。批判を恐れずに自らの感性や直観力を信じて自己表現をすることで人生はさらに開花し、ますます豊かさを受け取るでしょう。自分が楽しむことで人々にも喜びを分けあたえることができるはずです。


【Soul(ソウル数)】 #33-#6 
ソウル数とは魂の欲求を表します。ただし隠れた意識で本人が自覚してないこともあるようです。一番大切な価値観や優先したいことなど、強い内的な欲求です。
心の声を聞いて生きていくことは、その人にとって矛盾のない、つまり魂の要求に近い生き方を示すこととなります。

愛について学ぶ#6というナンバー。
実生活では前妻と離婚後、現在の奥様と再婚しています。最初の結婚では順風満帆とはいかなかったようですが、前妻との間に生まれたお子さんも大切に育てており子煩悩であると言われています。
前妻との間の愛の学びも自分自身が生まれてくる時に選んできた課題なのかもしれません。
全ての経験は自分の糧のために用意されているように思えてなりません。
また#6は自己回帰のナンバーでもありますので様々な問題にぶつかるたびに「自分とは何か?」と問いただしながら答えを探して行くでしょう。
迷い悩みながらも人生の中で献身的に愛を棒げることにより、すべてのエネルギーが調和に向かい魂の要求を満たす方向に進んで行くことでしょう。


【Personal(人格数)】 #6 
ソウル数に続きPersonalナンバーでも#6を持つ桜井さん。
人格数とは他人から見た自分のイメージ。その人の社会的な仮面(ペルソナ)を暗示します。

平和を愛し誠実で穏やかなミュージシャンの顔。家族思いで愛情いっぱいのパパの顔を持ち、公私共にバランスがとれている印象を持ちます。

【Realization(現実数)】 #4
Realizationはこの世で実現したいことを表します。

#4を持つ桜井さんは自分の能力を社会で生かしてリーダーとして活躍していくことを実現することが重要です。Birthに#1を持ち、リーダーの資質も持ち合わせているのでコツコツとまじめに取り組む事により着実に基盤作りが行われます。
ミュージシャンとしても家族を守る人としても確実に安定を手にして行くでしょう。
  


★Stage(活躍する舞台) #5
変化、刺激を表す#5のナンバー。
現状にしがみつくと淀んでしますので常に新しい風や環境の変動を意識しながら過ごすところが活躍の舞台になりそうです。
ミュージシャンの活躍の舞台は#5というナンバーがピッタリな舞台です。


★Challenge(チャレンジ) #22-#4
#4のチャレンジとは現実に経験するということ。 
良いことも悪いことも経験し現実的な問題の対処を余儀なくされるでしょう。
また#22はインスピレーションを受け取りやすく、波動の高い数字でもあります。
内なる声を聞き形にすることが大切です。大きなビジョンを持ち新しいステージでそれを実現していきましょう。


★Nature(素の自分) #9 
カリスマ性があり、繊細でロマンチスト。子煩悩な様子からも思いやり深く包容力があり、博愛的というイメージがピッタリです。


★Action(行動パターン) #1
新たなる可能性を開く先駆者。心をオープンにし、降りてくるインスピレーションを受け取り、己を信じて目標、目的を達成します。



◆Cycle Number[36歳~53歳] #8

『どのようなことを学ぶ時期か』
豊かさを受け取る時でもありますが、さまざまな『力』の中でバランス、コントロールが必要になる時です。組織の中で周囲との力の調整と統率を学ぶ時期のようです。


◆Pinncle Number[45歳~53歳] #9

『どんな状況の時期か』
完成の時であり、新しい流れに向かう時です。現状の中でどう動くかがテーマで、自分の中心(核)を定めエネルギーを集中させ、良い環境、世の中に身を置き自己の信念を固め才能を発揮していくことが大切です。


◆Challenge Number[45歳~53歳] #4

『与えられた試練や今回の人生での課題』
忍耐強く一歩ずつ目的を実現させて行こう。実現した事柄をフォーカスし、そこからプロセスを学び更なる壮大なビジョンを描くことによって、54歳以降ではそれらが形になってさらに外に向かって活発化していくでしょう。自分の脳力を社会で活かして、真のリーダーを目指すこと。




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◎History (Year Cycle)

若年期 Youth Number #3

勉強ができなかった若年期。それでも親は文句を言わなかった。教育方針は「何か一つみんなより自信をもって優れているといえるものを身につけろ」ということでした。ご両親もきちんと桜井さんの#3のナンバー活かすような子育てをしていらっしゃるところが素晴らしい。
小学校入学当初、体にイボが100個くらいあって「イボ野郎」とからかわれても、かえってみんなに注目を浴びて気持ちがいいとインタビューで語っています。#3の楽天的で陽気な様子がうかがえます。
また音楽は女がやるものと思いこんでいたので、音楽で歌わない姿勢を貫き往復ビンタを20発ぐらいくらっても歌はなかったというエピソードがあります。自分の意志を曲げずプライドが高く極端なところは#3のアマチュアの部分が出ていたのかもしれません。
1985年 15歳 #25-#7

4月関東高校(現 聖徳学園)に入学し、田原健一、中川敬輔らと共に軽音楽部内にバンド「Beatnik」結成。のちの「Mr.Children」となる。
高校に入り彼女ができたことが自信につながり、自分の性格や考え方がガラッと変わったとインタビューで語っていました。
高1の時から「プロを目指してやっていこう!」とオーデションにテープを送る日々だったそうです。
#25-#7ということもあり、プロを目指すための計画をより深める年になったと思われます。


1989年 19歳 #2

1月1日バンド名を「Mr.Children」と改名。
サイクルが2ケタから1ケタに変わった年のバンド名の改名。
ミスチルという名の種が芽吹き始めたようです。
本格化するバンド活動の中で人間関係と協調性を学び、自分の中に作り上げた創造物をアーティストとして現実社会で具現化していくことが始まりました。


1991年 21歳 #4

1月  3ヶ月の活動休止
11月 小林武史と出会う 
 
デビュー目前にひかえたインディーズ時代に3ヶ月の活動休止。「自分たちがどんな音楽をやっていくのか具体的な方向性が明確になっていない。永遠に評価され続けるバンドになるために土台をもう一度見つめ直したい」という理由からだと言われています。
丸3ヶ月後、再びメンバーが集まり自分たちの進みたい方向性を話し合った時「自分たちの身体の底から湧き出てくるメロディーを音にしたい」と意見が一致。自分たちが納得のいく活動をしてきたいという想い。妥協のない真面目すぎるバンドであることがわかるエピソードです。
また小林武史氏との出会いもミスチルの基盤づくりのためには不可欠であり、運命的なものを感じてしまいます。
何かを始めるのに良いと言われている#4。準備が整ったようです。後は前進あるのみです。



1992年 22歳 #5

アルバム「Everything」で「Mr.Children」としてメジャーデビュー。
世の中のバンドブームと差別化して「「Mr.Children」を見せることが課題でした。
小林武史プロデューサーについて、曲のことに関して『こんなにシビアな人は鬼か!』と思ったと話す桜井さん。一回自分の中で作り上げたメロディーを壊すのがすごく難しかったとも話しています。ひょっとしたらこうやってプロになってダメになっていくのかもしれないと感じていたようです。
#5のナンバーの神経質や不安定な部分が顔を出しているようにも思えます。


1994年 24歳 #7 

6 月 1日 5th Single 「innocent world」発売
9 月18日 4th Album 「Atomic Heart」発売
12月12日 6th Single 「Tomorrow never knows」発売
12月31日 7th Single 「everybody goes」発売
   36回レコード大賞受賞「innocent world」

ミリオン越えするセールスに、ミスチル現象という言葉がうまれ社会現象にまでに至ります。そんな大ブレイクを果たしたミスチルでしたが、本人たちの状況はといえば常にマスコミやファンに追われる状態に嫌気がさし、当時の桜井さんはプライベートで声をかけられることについても「本当に嫌ですね」と語っています。

売れることが夢だった
ミリオンヒットの連続。
しかし売れた先には何もなかった
と 話す桜井さん・・・
 
トイズファクトリーの元社員と結婚。
#7はステージアップのナンバーでもありますがバランスをとりづらいナンバーでもあります。
ミリオンヒットの先には自分の求めていたものと違う現実・・・「自分が求めていたものって何だったのだろう・・・」と内省する日々が続いたのではないでしょうか。
 



1997年 27歳 #10-#1

ギリギリガールズの吉野美佳との不倫が報じられる。
大ブレイクしファンやマスコミに追われ続け、病んでいた桜井さんは吉野さんとの出会いによって心の拠り所を見つけることになります。そういった不安定な精神状態は当然音楽作品にも影響を及ぼしています。

  1996年「深海」発売
  1997年「BOLERO」発売

「深海」はダークなサウンドで暗く、桜井さんの精神状態が大いに関わっていると言われています。
また「BOLERO」では何かに救いを求めているような曲が多いと言われています。しかし、精神不安定な状態で作った作品ですが、ファンや音楽リスナーには賞賛に価するアルバムといわれています。

4月 無期限の活動休止

音楽面・プライベート面・世間における自分自身に対するアイドル的な人気など、様々な面で悩みを抱え追いこまれていきます。「夢見たものと 夢がかなった時のギャップはあまりに大きくてそのへんで迷ったりしている」と話しています。デビューから約5年、無我夢中で突っ走ってきた彼らは言いました。「ミュージシャンとしての有給休暇みたいなもの。自分たちの時間を持ちたい」と。そしてファンの前から姿を消したのです。無期限の活動休止へとなりました。
「どう生きたいか?」が問われた#1のYear Cycle。
この状況を打開するためには、自らが切り開いて行くしかありません。しかしあらゆることを経験することで、のちの人生のための種まき期間だったと思える日が訪れるでしょう。


1998年 28歳 #11-#2
 
10月21日 活動開始
15th Single 「終わりなき旅」 発売

   誰の真似のもすんな 君は君でいい
   生きる為のレシピなんてない ないさ

   息を切らしてさ 駆け抜けた道を
振り返りはしないのさ
ただ未来へと夢を乗せて

 閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
   きっと きっとって 君を動かしてる
   いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしよう
  もっと素晴らしいはずの自分を探して

 胸に抱え込んだ迷いが プラスの力に変わるように
   いつも今日だって僕らは動いてる
   嫌なことばかりではないさ さあ次の扉をノックしよう
   もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

「終わりなき旅」より
 
今までの迷いがぬぐい去られ、前向きな様子がうかがえます。自分のための応援歌のようにも感じられます。
#11は真の理想に向かって目標をかかげる年であり、イニシエーションイヤーでもあります。
閉じこもらず現実社会の中で生きる意識を培い人と触れ合っていくことが大切です。


2000年 30歳 #4

5月前妻との離婚
6月吉野美佳と再婚

2001年に「優しい歌」を発表。
この歌は別れた元妻とその娘(優歌)に宛てられた曲だと言われており、元妻と娘に対する懺悔とともに愛を届ける歌だと言われています。
#4のナンバーが表すように現実問題の対処、堅実さと責任が問われる時です。
この曲もそんなタイミングで作られたのではないでしょうか。




2001年 31歳 #5

TBS開局50周年プロジェクトとして坂本龍一が呼びかけ地雷撲滅を訴えかけるチャリティー企画ユニットN.M.Lに参加。テーマ曲「ZEROLANNDMINE」が発売されCDの売上は地雷除去のため全額寄付されました。
強力な仲間とともに具体的に動いて波動を上げていく様子がうかがえます。創造力開花、視野の広がりを求める#3で始まったYear Cycle#5の年に見事なほど当てはまっています。

   8月22日 20th Single 「優しい歌」 発売 
12月24日 詩集「優しい歌」 発売

2002年 32歳 #6

7月23日 小脳梗塞により入院加療中と報道され、約半年の間ライブツアーを含めた音楽活動をすべて休止。

12月21日病気療養から復帰。音楽活動を再開。
 
#6の年は「生と死、病気」について向き合うことが多い年です。自己回帰のナンバーでもあります。
病気を通して本当の自分に還る旅をし、真の歓びとは何かを感受したのではないでしょうか。


2003年 33歳 #7

6月非営利組織「ap band」を設立。#7の飽くなき探求心は「ap band」設立というカタチでさらなるステージアップへと向かいます。
#7の年にスタートしたことで流れはスムーズに進むでしょう。

2004年 34歳 #8

1月、ap bandの活動の一環として「Bank Band」を結成。
#8はパワーを出し切ることが目的のナンバーであります。新しいカタチでのバンド活動でより情熱的に不可能への挑戦と開拓が行われることになるでしょう。

  第46回 レコード大賞受賞 「Sign」
2011年 41歳 #6
  
  3月11日 東日本大震災

4月4日配信限定シングル「かぞえうた」リリース。収益金はすべて災害復興支援プロジェクト「ap Bank Fund for Japan」へ寄付され東日本大震災の義援金や復興支援活動に充てられました。
#6は愛のナンバーです。奉仕の時期と読むこともできます。周囲の人への奉仕、サポートをし、社会で貢献することが求められたようです。


2014年 44歳 #9
 
  11月19日 35th 「足音~Be Strong」発売

ミスチル初のプロデュースシングルとなりました。かねてより小林武史プロデューサーとの決別が囁かれていましたが、今回新曲には小林氏はノータッチ、9~10月に行われたファンクラブツアーにも姿を見せることはありませんでした。 
農業に傾倒していく小林氏に必死に訴えかけたようですが桜井さんの声は届かなかったようです。小林氏が設立した新会社の赤字補填をミスチルが出した収益でまかなっていたことが決別を決定的なものにしたと言われています。
小林武史プロデューサーなしでのシングル制作発表時に桜井さんは「自分たちにも新しい風をふかせたくて気負いすぎたのでしょう(中略)また次の一歩を踏み出せます」とのコメントをしています。
#9のナンバーの「苦」を表しているように感じました。
ミスチル現象の始まりとなった1994年の「innocent world」から20年ほど続いてきた記録は惜しくも初のセルフプロデュースとなるシングルで途切れてしまうという結果になってしまいました。
しかし#9は変容のナンバーでもあります。自分の心の許せる環境・人の中に身を置いて、自分の信念を固め、さらなる才能を発揮する時でもあります。
今こそ、その流れをつかむ時なのではないでしょうか。
「終わりなき旅」は続きます。



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*・・・・*・・・・*・・・・*

傷つき悩んで・・・
つまずいて立ち止まって・・・

そんな時、不思議とミスチルの歌と
自分のことがリンクして
歌を通して桜井さんからのメッセージが
優しく自分に寄りそってくれました

イメージはいつでも雨のち晴れ

雨の日にもまた太陽が昇ることを
信じることができるようになりました

いままでも 「ありがとう」
これからも ずっと「ありがとう」

桜井さんの笑顔に癒されて
今日も元気をチャージ♪


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*・・・・*・・・・*・・・・*

Numerology the 10th Basic class
report by Kim Chang
by kej000 | 2016-08-03 19:23 | 数秘レポート