Kej の森

kejnomori.exblog.jp
ブログトップ

タグ:北野武 数秘でよむ ( 2 ) タグの人気記事

オイラの夢は、世界に通用する映画監督になることだね*北野武 Vol.2


d0214179_8464197.png





Takeshi Kitano

Vol.1 
<人生の意味・気質・運命などの読み取り>
<History 1st Stage まで>より続き



【HISTORY】



Second-Stage 33~42歳 
Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6


【#9複雑な二極性】~ドラマチック時期~ 浅草の一芸人からBIGスターへのシンデレラストーリーへ、その後は、フライデー襲撃事件によって前科持ちへ。

【#9寛容】事務所の金庫の中のお金がなくなり、先輩芸人が詮索をはじめるが、北野監督より「そんな暇があったら芸を磨け・・・」この件は、一件落着。

【#3 [#12]】~Realization & Pinnacle Number#3[#12]が、バイブレーション~ 
今まで以上の表現力、そして開花時期。

【#3 [#12]多忙】~仕事人間へ~ とにかく、忙しいことも通常よりバイブレーション。

【#12お金】~お金の源が集まる~ この時期より、収入が爆発的に増えてくる・また、お金を稼ぐ仕組み(源流)を発見?それが通常よりバイブレーション、1985年当時のレギュラー番組のうち、日本テレビ・テレビ朝日・TBS・フジテレビの20時台番組ですべて最高視聴率をマーク。
【#6 責任】~とことん人の世話をし、他者に尽くす、育てる時~ たけし軍団の始動 

◆「立派な師匠って言うのは、何百人もの弟子をみんな食わせた。芸人としてはやってはいけないような奴まで食わせている。そういう師匠はやっぱり凄いと思うんだ。」と語っています。

◆フライデー事件で連行される際、北野監督は軍団メンバーに対して「悪かったな、おまえら」、「おまえらの面倒は一生見るから」「おれ、ドカタしてでも、おまえらを絶対食わせるからな」と語ったとされます。

◆長男誕生、長女誕生。


◇33歳 YearCycle:28 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#10】努力の結果で思うようにいかなかった流れががらりと思い通りに・・・
漫才ブーム 月収30万⇒1600万。ネタ本『ツービートのわッ毒ガスだ』を発刊し、年末までに約85万部の売上となったが、当初事務所側はせいぜい3万部程度の売り上げと見込み、印税全額を2人が受け取る契約を結んでいたため、思わる大金が転がり込んだといいます。

【#10最強運の結婚】【#6責任】妻は、元漫才師の幹子(旧姓・松田)。北野監督曰く、自分は別の女性に気を引かれていたが、幹子の両親が勝手に婚姻届を出してしまい、彼女らを前科持ちにしたくなくて訴える事が出来なかったということ。その後も実母のさきが離婚を恥と考えていて幹子の肩を持ったことなどもあり、ずるずると今に至っているとのこと。現在、別居生活30年の完全なる仮面夫婦。「最強運の結婚」改め「最凶運の結婚」?

◇34歳 YearCycle:2 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#12】~ナチュラルパターン打破~ 「ひょうきん族亅・ソロ活動ヘラジオ出演
今後のテレビ界に危機感(子供に迎合した笑い)を感じ、萩本欽一といかりや長介を引きずり下ろし2人の牙城を崩さない限り、お笑いの未来はないと思っていたようです。

◇36歳 YearCycle:4 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#4基盤作り】~自分の能力を社会で活かす(リーダーを目指す)~ 「たけし軍団」設立へ。名前の由来は、「石原軍団」のパロディ。弟子が増え、元相棒ビートきよしの代わりのような存在として、何か一纏めで団体芸をやりたいとして、テレビ番組に出演したのが始まり。

◇38歳 YearCycle:6 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#6】~人間関係拡大・メディア影響~ 元気が出るテレビ・たけし城 最高視聴率

◇39歳 YearCycle:7 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#7AM 批判的・神経過敏・反逆】
当初、北野監督は手を出さないよう軍団メンバーに言っておいたものの、当時の編集次長による「自分は空手が得意である」旨の発言をはじめとした、編集部員の挑発的言動が原因で暴行に至ったと記されている。北野監督が「担当者を出せ」と迫った後、どちらからともなく一斉にもみ合いになった。北野監督は「ブチ殺すぞこの野郎、おれは刑務所行きも覚悟している。」などと怒鳴りながら、粉末消火器を噴射した上、同誌の編集長及び編集部員らに室内にあった雨傘や拳で殴打したり蹴ったりして、肋骨骨折などで1ヶ月から1週間の怪我を負わせた。住居侵入・器物損壊・暴行の容疑で、大塚警察署によって現行犯逮捕された。

【#9-18 正義感】事件の発端は、親密交際していた女性に対し.『フライデー』の契約記者が、北野監督との関係を聞こうと声をかけたが、それを女性が避けて立ち去ろうとしたため、記者が前方に立ちふさがってテープレコーダーを彼女の顔に突きつけ、手を掴んで引っ張るなどの行為に及び、頸部捻挫、腰部捻傷で全治2週間のケガを負わせた。この行動に対して、抗議行動に出たものです。

【#9-18裏切りにあう】後に明らかになったのは、専門学校生に怪我を負わせた契約記者は雑誌『GORO』にて北野監督の記事を何度か扱っていたことを買われてフライデーに移籍した記者であるということだった。しかし、移籍を北野監督側に知らせずに、以前通り『GORO』の記者として取材していた。このことをフライデー側が隠そうとしたことが事件の引き金になったとも言われています。
【#7 内省】事件後、迷惑を掛けた人に対して、反省の弁を述べています。


◇40歳 YearCycle:8 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#8】~結果が出る~
フライデー襲撃事件の判決 懲役6ヶ月、執行猶予2年。『史上最強の会見』「北野監督は大切なものを守ろうとしたけど、その方法が法に触れた。」と淡々と語る。認めるところは全て認め、聞かれたことには正直に答えた。眼光は鋭いが、とても澄んでいるよう感じられた。尋常ではない迫力でした。また、この事件がターニングポイントとなって、写真週刊誌業界の商業的なピークは終焉に向かっていきます。

◇41歳 YearCycle:9 Cycle:9 Pinnacle:12 Challenge:6
【#9 自己再生】北野監督は、復帰後やや精彩に欠ける時期を迎える。北野監督はここで「基礎から勉強し直そう」と思いたち、小・中学生が解くようなドリルを使って勉強したという。さらに、北野監督は大人としての知識や常識を学び、『平成教育委員会』発案の切欠となりました。
【#9】~完成・サイドビジネス・次の光へ~ けじめとして太田プロを辞め、オフィス北野を設立。来るべき時に備え、テレビに出演中もカメラ割りや立ち位置など、映画監督になったつもりで訓練していた事は、後に語られることとなります。




d0214179_935364.jpg





3rd-Stage 42~50歳 
Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2

【#9感情】~感情面で危機をもたらす~ 哲学的な態度を身に付け、直感に耳を傾け、宇宙の導きを受取る。
【#13修練】~第二のスタート創造と破壊~ 創造(北野武)と破壊(ビートたけし)。

【#13手放し完了】~社会的認知・収穫・前年までの努力が実る~ 映画初監督の座を掴む!

【#13変化】~自分自身でも驚くような変化を遂げる可能性~ 第二の人生はここから。

【#2 不信】~自己不信や自信のなさを体験、内気で臆病になり、他人に影響される~ 映画の評価が気になる・・・麻原彰晃の宗教観(人類愛)に深く陶酔し対談するほどに。

【#2協調性】~仲間からの深い満足感、何ごとも折り合いを付ける~

【#2謙虚】~へりくだった心をもって互いに相手を自分より優れた者としなさい~
俺は怒ったり、命令したりしない。まずは、スタッフに聞く。「こういうふうに撮りたいんだけど駄目かな?」、「このシーンはどうやって撮ればいい?」など。最終的には自分のやりたいようにやっているのだが、もしかしたらもっといい意見が出るかもしれないから、まず聞くんだ・・・



◇42歳 YearCycle:10 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
作品①『その男凶暴につき』
【#10チャンス】~新しい可能性・チャンス到来・オリジナル作品~ 当初は深作欣二監督、ビートたけし主演、野沢尚脚本という予定のところ、紆余曲折あって自らメガホンを取ることになり、監督デビューを果たす。

◇43歳 YearCycle:11 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
監督作品②『3-4×10月』  北野監督の脚本家デビュー

◇44歳 YearCycle:3 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
監督作品③『あの夏いちばん静かな海』

◇46歳 YearCycle:5 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
監督作品④『ソナチネ』

【#5】~海外評価~ 国内より、国外から人気となり火がつく。1993年のカンヌ国際映画祭で上映され、ヨーロッパでの北野監督の人気を決定付けた作品。イギリス国営放送BBCが「21世紀に残したい映画100本」の一本として『ソナチネ』を選び、イギリスでの北野映画の極めて高い評価が示されました。

◇47歳 YearCycle:6 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
監督作品⑤『みんな~やってるか』自分の中では、最高傑作と思っているが、一般の評判は良くなかった。
【#13】【#6】~生と死(心の病)過労。自己破壊的~ 8月交通事故(自殺願望・うつ) 今、振り返ってみると、仕事のしすぎで神経がぴりぴりして、へとへとになってたってこともあると思う。新境地を拓くなんて不可能だと思ったし、堂々巡りをしてるような気分だった。なにか新しいこと、新鮮な空気を探し求めてた。少しずつ、重要な局面に近づいていったんだね。限界に達してたんだろうな。

◇49歳 YearCycle:8 Cycle:9 Pinnacle:13 Challenge:2
作品⑥『キッズ・リターン』
【#8 達成の時】~より高く新しい可能性を開拓~ 再出発『キッズ・リターン』は、一生心に残るような経験を描いた映画だね。撮影中は、タイムマシンに乗ってるような気分だったよ。事故を起こして、そのあと動けなくなって。『キッズ・リターン』は、そんな俺の社会復帰の作品になったんだ。救いの、償いの映画になった。





d0214179_8592669.jpg





Final-Stage 51歳~ 
Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2

【#21宇宙規模】~今後の人生への無限の可能性・何を全面に打ち出していくか~ 映画監督としては、世界的に有名となったが、このまま継続するのか?新たな展開を計画しているのか?天才Kitanoが、無限の可能性を享受出来る時に如何なる覚醒を果すか?

【#21完成】~人生における「完成」を目指す時~ 

【#22】~誕生数~ Birth path number#4[#22-#13]&Pinnacleとのバイブレーション。

【#22】「世の中、絆、愛、支えとか、表面的なものばっかりでイライラした。こういう時こそヤクザ映画を撮ってやろうとやる気が起きた。」

【#22偉業】~国際的スケールで、人々を巻き込み、偉業を達成する時期~ 見事バイブレーション。

◆世界各国の映画祭への出品、そして受賞(作品賞・監督賞等)
◆フランス芸術文化勲章
・シュヴァリエ(騎士) 1999年
・コマンドール(騎士団長) 2010年
◆シャンパーニュ騎士団
・オフィシエ・ドヌール(名誉将校) 2014年
・シャンベラン・ドヌール(名誉侍従) 2015年
◆レジオンドヌール勲章オフィシエ(将校) 2016年
【#22夢の実現】~『オイラの夢は、世界に通用する映画監督になることだね』~
【#2気遣い・気配り】~自と他の意識の繋がり・与えると受取るのバランス~

◆作法というのは、突き詰めて考えれば、他人への気遣いだ。具体的な細かい作法をいくら知っていても、本当の意味で、他人を気遣う気持ちがなければ、何の意味もない。その反対に、作法なんかよく知らなくても、ちゃんと人を気遣うことができれば、大きく作法を外すことはない。駄目な奴は、この気遣いがまったくできていない。人の気持ちを考えて行動するという発想を、最初から持っていないのだ。

◆他人への気遣いで大切なのは、話を聞いてやることだ。人間は歳を取ると、どういうわけかこれが苦手になるらしい。むしろ、自分の自慢話ばかりしたがるようになる。だけど、自慢話は一文の得にもならないし、その場の雰囲気を悪くする。それよりも、相手の話を聞く方がずっといい。



◇51歳 YearCycle:10 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2

作品⑦『HANA-BI」、受賞歴「ヴエネツィア金獅子」ヴエネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、ダントツの1位で金獅子賞(グランプリ)を受賞。日本映画としては1951年の黒澤明監督『羅生門』、1958年の稲垣浩監督『無法松の一生』に続く3度目の快挙でした。
【#22 Birth・Pinnacle】~開花 努力の結果、流れが大きく変わる~ 芸人でなく映画監督として認識されます。
【#10】~世界的認知~ 真の監督へ
【#10】~再スタート~

◆「『HANA-BI』で金獅子賞をとったことで、いろんなことが変わったよ。みんなが俺のことを本当の監督として見はじめるようになったもん。それに、事故を起こす前は、多かれ少なかれ、俺には自殺願望があったような気がする。だってなんでバイクなんか買ったのかも覚えてないもん、ふだん乗らないし・・・死という考えに直面しながらも、すべてから逃げてたんだよね。『HANA-BI』では逆に、死っていう運命を受けいれようとした。自分の抱える不安や怖れと向き合って、それを手なづけていく方法を見つけられたんだよ。
『HANA-BI』が、どれだけ俺の再スタートを助けてくれたか、この映画を撮ることが、新しい出発になるって感覚はあったね。そのチャンスをつかむべきであると。」
◆日本は漫才師が映画撮った、みたいな雰囲気があって、異業種の人間に対する偏見が強い日本人の見方には苦言を呈しています。


◇52歳 YearCycle:11 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2

作品⑧『菊次郎の夏』、受賞歴「シュヴリエ勲章」
【#10】(前年のYearCycle:10で企画等) ~過去手掛けていないものに霊感を受ける。新しい可能性とチャンス~「『HANA-BI』が成功に終わったあと、“クール”すぎたり、いかにも暴力的な映画からは少し距離を置いて、もっと瞹昧な映画を作りたいって思ったんだ。北野監督には、心温まるような、子供時代の話なんか撮れっこないだろうって思ってた人たちは、この「菊次郎の夏」を観て驚いただろうね。」
【#22】~愛・強い感受性~ 最愛の母死去。マスタービルダーとして、又ひとつ大きな悲しみを乗り越えることで、新たなパワーの源を手に入れることとなったことでしょう。

◆北野監督が芸人で売れるようになった途端、母が会いに来るたび「温泉に行く」、「孫に自転車を買ってやる」からと理由を付けて、20万円、30万円とお金を要求していました。教育熱心で優しかった頃の母・・・すっかり変わりはてた姿に、北野監督も「因業ババあめ!」と悪態をつくこともあったそうです。北野監督が、交通事故で顔面麻痺などの大ケガをしたときのことだ。週刊誌などで「たけし、再起不能」などと書かれ、芸能界に復帰できないかもしれないと悔しい思いをしていたという。
そんなとき、北野監督のもとを、さきさんが訪れ“通帳とはんこ”を置いていったのだ。何かと理由をつけて北野監督からお金をせびっていたが、それらはすべて使わずに貯金していたのだ。さきさんは「こういうことになると思ってな。お前は金遣いが荒いから、その金は全部とってあるから、あとの人生これで暮らせ」と言ったというのだ。万一、北野監督が芸能界で仕事ができなくなることも考え貯金をしていたそうです。北野監督は「母親の愛情のすごさってさ、たまんなかったね」と語っています。ちなみに、さきさんは、フライデー襲撃事件で世間を賑わせた時に、取材を求められた際は「あんなどうしよもないのは、死刑にでもして下さい。」と毅然と答え、その場の騒ぎを治めていました。



◇54歳 YearCycle:4 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑨『BROTHER』
【#4 継続力】「『ソナチネ』での失敗を、ちゃんと入れたっていうのはあるよ。だから『ソナチネ』の完成版。


◇55歳 YearCycle:5 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑩『Dolls』
【#5】~破壊・革新~  1度壊したい
「それまで俺が撮ってきた映画には、あんまり色がなかった・・"キタノ・ブルー"がつきまとってたからね。それを一回壊してみたかったんだ。


◇56歳 YearCycle:6 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑰『座頭市』ヴェネツィア銀獅子、日本アカデミー賞

【#6融合・調和】「ミュージカルと時代劇の融合!」「タップダンスに金髪の調和!」を実現。
『HANA-BI』でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞をもらって、『座頭市』で銀獅子賞をもらってから、日本で俺はタレントとしてだけじゃなく、映画監督として認識してもらえるようになった。本当に、このふたつのおかげで、いろんなこと変わったよね。『座頭市』は、【Destiny#8 達成の時】俺の存在を世に知らしめる役割を果たしてくれたっていうかね、それまでの努力のたまものだね。『座頭市』は依頼された作品だったからね。映画を依頼されて引き受けるのは、これが初めてだった。でも、このチャンスは逃したくないって思った。【Realization#3[#12] 表現・感性・開放・遊び心】「『座頭市』で初めて、自分にとって娯楽とは何かっていう、真のコンセプトを自由に表現させてもらったと思う。映画の出だしから"これは“娯楽”だって観てる人にわかってもらいたかったわけ。西洋の批評家たちは、これは"和製ウエスタン"だって書いていた。これは当たってるよね。」


◇58歳 YearCycle:6 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑫『TAKESHIS'』


◇60歳 YearCycle:10 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑬『監督・ばんざい!』
#10】~運命をそのまま受け入れる・自然の流れに身を任せることの大切さ~
あの事故でわかったことは、運命なんてものは、自分でどうにか動かせるものじゃないということ。どんな運命が待っていようと、それをそのまま受け入れるしかない。」と語っています。


◇61歳 YearCycle:11 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑭『アキレスと亀』、受賞歴「日本数学会出版賞」


◇63歳 YearCycle:13 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑮『アウトレイジ』

作品内容が【#13カルミック】全ての“偽善や欺瞞など”を、斧で切り裂き粉々にしたい心境の中で制作。【#13収穫・社会的認知】「コマンドゥール勲章」受賞
【#13】~軌道修正~ さらなるステージの上昇


◇65歳 YearCycle:6 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品『アウトレイジビヨンド』(北野監督作品で初の続編)


◇68歳 YearCycle:9 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
作品⑰『龍三と七人の子分たち』、受賞歴「シャンペラン・ドヌール勲章


◇69歳 YearCycle:10 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
受賞歴「レジオン・ドヌール勲章」(フランスで最高の賞を受賞)

同勲章はナポレオン・ボナパルトが1802年に創設したもので、現在は文化や科学、産業、商業、創作活動などの分野における卓越した功績を表彰することを目的にしている。勲章を授与する元フランス文化大臣ジャック・ラング氏は「【#1】大胆で【#1】独創的な【#13】創造性から生み出された作品が、芸術ジャンルの限界をやすやすと乗り越え、演劇、テレビ、映画、文学などの約束ごとを変革して、現代のアートシーンに影響を与えてきた」とコメント。「あらゆる形態の大衆芸術の発展への熱心な関わりによって世界中で名をはせた【#1】型にはまらない完全無欠のアーティストとして存在していることにオマージュをささげたい」と受章について説明している。北野監督は「これまで自分のやり方でやってきた数々のことで、今回このような栄誉を授かることとなり、大変驚いています。そして、素直にうれしい気持ちでいっぱいです。これからも、自分の【#4】スタイルを守りながら、【#22】さまざまな仕事に精進してまいります。」とコメントしています。



◇70歳 YearCycle:11 Cycle:21 Pinnacle:22 Challenge:2
北野監督⑱作目となる最新作・映画『アウトレイジ最終章』が、2017年に公開される予定。

【作品NO.#1+#8=#9完成・集大成】アウトレイジシリーズの完結版であって、決して映画監督としての完結とならないことを願うばかりです。




d0214179_8593244.jpg





【総論】

北野監督は、Year Cycle#10 Fortune(運命の輪・自然の流れに任せる)の時、思うように行かなかったり停滞する流れが激変し、ビックチャンスとなる新たなステージを手に入れています。それは、常に直向きな努力を怠らない北野監督への天からの賜物の如く・・・。

特に、33歳の時には日本お笑い界の人気者へと駆け上がり、42歳では監督未経験ながらも、映画監督の座を射止めたうえ、業界関係者の度肝を抜く作品を作り上げ鮮烈なデビューを果し、そして、51歳の時『HANA-BI』で、ヴエネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、ダントツの1位で金獅子賞(グランプリ)を受賞しています。

北野監督は、

「物体は激しく動けば、それだけ摩擦が大きくなる。人間だって、激しく動くと熱を持つのだ。はたから見れば、輝いている人間のことが、きっと羨ましく見えるのだろう。だけど、輝いている本人は熱くてたまらない。星だって、何千光年という遠くの地球から見れば、美しく輝く存在だ。“いいなあ、あの星みたいに輝きたい”人はそう言うかもしれないけれど、その星は堪ったもんじゃない。何億度という熱で燃えている。しかも燃え尽きるまで、そうやって輝いていなくちゃいけない。これは真面目に、結構辛いことなのだ。第三者にとっては、輝いている人を見ると、輝き始めるまでの努力も知らず、また輝き続けるための心の葛藤も知らないのに、漠然と羨望の眼差しをおくる。」

と発言しています。
【#22】を持つ北野監督ならではの、努力もせず行動に移すことも出来ない人間への痛烈なメッセージかと思います。勿論、これは常に輝き続ける努力を怠らないこと、そして多くの困難を克服しないと輝けないことを知っている、北野監督だからこそ出来る発言です。

マスタービルダーを名乗るのに相応しい数々の困難を乗越えた経験数、Destiny Number【#8】権威・指導力・名声・富、Soul Number【#4】の直向な行動・謙虚さ、そしてRealization Number【#3[#12]】日本人代表として日本の芸術・文化を世界に発信し表現する力など、すべての行動・言動などが数秘を学ぶ者にとっては、とても理解し易い実例のようであると感じられました。

また、大変興味深い発言として、数学に対する造詣が深い北野監督は、次のようにも語っています。
「もし道を間違えなかったら、数学の研究者になりたかった」と・・・1980年代の民放番組の司会進行中に「自分は漫才師になったので今がある、物理学の道に進んでいたら、もう既にノーベル賞を取っている」と真剣な面持ちで話し、編集されなかったこともあったとされています。
さらに、数学好きが高じ『たけしのコマネチ大学数学科』をスタートさせ、その才能を発揮させたこともあります。「数学というものは哲学であって、全ての事象は数学に支配されており数学で説明できる」とも発言しています。もしかして、北野監督は『数秘』を既に学んだことがあり、自らがマスタービルダーであることも認識されているのかも知れません。でも、だとしたら、学ぶ前と学んだ後の、自己の意識の変化の違いを是非ともお聞きしたいものです。

最後になりますが、近い将来の期待として二つ・・・。
一つ目は、北野監督が日本の首相(【#22】政治の分野での指導者)として、米国トランプとの【#22×#22】対決で、ユーモアたっぷりの返しで反撃する姿が見てみたい。
二つ目は、勿論のこと米国ハリウッドにて『アカデミー賞』を受賞するシーンを見ることです。



Reported by
Aeons Numerology Basic the 11th class
in Bunkyo
Tetsuya S.
by kej000 | 2017-02-06 10:29 | 数秘レポート

オイラの夢は、世界に通用する映画監督になることだね*北野武 Vol.1

d0214179_80448.jpg



Takeshi Kitano
1947年1月18日
東京都足立区出身、血液型 O型、山羊座


『オイラの夢は、世界に通用する映画監督になることだね』

塗装職人の父・北野菊次郎(1897年4月1日‐1979年)と、母・北野さき(1904年‐1999年)の四男(幼少時に早逝した兄が一人いるため、実質は三男として育つ)として生まれ、「竹のようにどんなものにも耐えて、すくすく伸びて欲しい」との願いから「武(たけし)」と命名された。《両親の願い通りかは分かりませんが、想像以上の困難を乗り越え、世界が認める長~~く伸びた竹となったのではないでしょうか?》

大学入学の翌年に家出して、浅草で芸人の道に足を踏み入れる。
1980年代初頭に起こった漫才ブームの中で頭角を現し、「フジテレビのオレたちひょうきん族」などの多数のテレビ番組に出演し大人気となる。しかし、人気絶頂の最中、世間に衝撃を与えた、1986年の「フライデー襲撃事件」そして、1994年に起こした死の淵を彷徨うほどのバイクによる大事故と、数々の試練やトラブルが北野監督を襲う。ただ、そんなことも全て自らの糧としてしまう・・・今では世界が認める『天才 Kitano』として、国内外の在家信者であるキタニストから熱烈に支持される存在。





【基本データ】
①Birth path Number #4[#22‐#13]
Day#9[#18]・Year#3[#21]・Month#1・Day&Month#1[#19‐#10]
②Destiny Number#8
③Soul Number#4
④Personality Number#4[#22]
⑤Realization Number#3[#12]
⑥Stage Number#1[#10]
⑦Challenge Number#9[#18]
⑧Nature Number#1[#10]
⑨Action Number#8



d0214179_810780.jpg




誕生数 Birth path Number #4[#22‐#13]

(資質・性格・個性・才能)

【#13】は、カルミックナンバーで創造と破壊を繰り返し、常に学びを喚起させられるナンバー。障害やトラブルを探し出して、渦中に自ら飛び込み困難を招くこともあるかもしれませんが、しかし困難を克服する度に、変容する修練を経験し、カルマの負債を清算することになるナンバー。
【#13】~生と死~ イメージとの大きなギャップ、「身内の死」に関する感情の高ぶり。

◆身内のように親しくしていた『逸見 政孝』の告別式では、弔辞を読む予定であったが、とても読める状態でなく参列者席で号泣。
◆母が死去した際、通夜の後に行われた記者会見で「俺を生んで良かったと思って欲しい・・・」と絶句し、その場でも泣き崩れた。

【#22】は、マスターナンバーであり、天と地の架け橋となるナンバーです。2+2=4(#4の増強版)で、【#4】の特性を全て持っており、有能で、頼もしく、気質が堅く、まじめである。

さらに【#22】は、現実的な世界でスピリチュアルな原理を使う能力を有しており、霊感・直感に基づく観点から物事に取組むとき最高の力を発揮することも出来ます。ただ、【#4】の人より、強運に恵まれていますので、同時に学びの機会(試される)として多くの障害やトラブルにぶつかることも多いです。しかし、そうした障害を克服する力を持っており、何であれ見事に克服していくでしょう。克服したのちに、【#22】の安定感とパワーの源が内側にもたらされます。あらゆる分野の創始・開拓・指導・権威者を目指す。

【#22体験】~人生の早期にさまざまな体験をし、体験から自信を培っていく人~
高校卒業後、明治大学工学部機械工学科に入学する。しかし、大学にはすぐに行かなくなり、新宿界隈で当てのない日々を送るようになる。当初、ジャズ喫茶や雀荘あたりをウロウロするが、長続きせずその後は。菓子の計り売り、実演販売員、クラブのボーイ、タクシー運転手、ガソリンスタンド、ビルの解体、羽田空港の荷役・・・などなど、アルバイトを転々とした後、芸人見習い志願として、25歳【Year cycle#20】で浅草のストリップ小屋でエレベーターボーイを始めるまでは数えきれないほどの体験をする。しかし、のちのち全てが必要な経験であったことを自覚する。

【#22挫折感】~最初のうちは何をしても結果が出ないような気がして、挫折感を味わったり、自分は理解されないなどと感じる~ まさに、前座時代は、演芸場のギャラは安いため、地方キャバレーなども回るようになるが、酔客相手の仕事を嫌い、出番をすっぽかしたり、酩酊して舞台に上がることが多かった。また、店を誹謗【#8am能力を認められない時、批判的になる】し、客やホステスに喧嘩を吹っ掛けたので、度々舞台から降ろされた。

【#22波乱の人生】逮捕歴・前科あり、顔面が崩壊するほどの事故を経験するも、その後の活躍を認められ、紫綬褒章受章の打診が来る。(俺はもらうような立場ではないとお断りを入れる。)まさに大波乱。

【#22あらゆる分野の創始・開拓・指導・権威者】
~国際的な関心事にまつわるプロジェクトの中で自分を活かす機会を見つけるでしょう~
芸人、役者そして、映画監督となり、今では世界を代表する映画監督『世界のKitano』として大活躍。

【#22卓越した才能】北野映画は黒沢明に愛されていたことは事実です。死を目前にした黒沢監督は「日本映画の未来は任せた」と言わせた・・・世界の黒沢が認めた才能。



【#1 Month Number】
~生まれ月のナンバー[#1]は、若年期の行動や雰囲気を現わす~

若年期のCycle#1・Pinnacle#1[#19]そしてNature#1[#10]とバイブレーションするためにより顕著に現れる。典型的な、すばしっこいガキ大将。


【#9[#18] Day Number】
~生まれた日のナンバーは、個性や行動特性を見る第二ツール。2桁なら波動が上がる~

【#9[#18] 】~人を惹きつける魅力~ 非常に高い波動で、多くの人間の心を掴み、国外からも多数のファンがおり北野監督を訪ねています。

【#9[#18] 】~若年期の経験が多い~ 関わった仕事・趣味・人との交流など盛りだくさん、兎に角多くの経験を積むこととなります。

【#9[#18] 】~ロマンティスト~ 本のタイトル名「星のはなし」という、絵本を出版するほどのロマンチストで、その他の執筆した書籍にも、星の話が登場している。しかし、同じ年に究極のバイオレンス映画の続編「アウトレイジビヨンド」を制作・公開するギャップもファンを魅了する一因。



運命数 Destiny Number #8
(才能・個性をどう活かすか、人生の目的・使命、社会的役割、社会へ打出す力)

権力の行使に関わる使命を携えています。その衝動と大望と才能ゆえに、権威あるポジションに立つ可能性がとても高い人。重要な決断を迫られるような局面でも、たじろぐことなく冷静沈着に対処できる人。集中力があり、やや格式ばっていて、堅実でとことん頼りになり、むやみにリスクを冒さず、何事も最初から決めてかからない姿勢を身に着けています。卓越したトラブル処理能力があり、常にバランスを回復させ、効率よくスピーディーにあざやかな手さばきで難題を次々に解決していきます。むしろ、そういう機会を楽しんでしまうでしょう。めったに時間を無駄にせず、よく自制し事情通で太っ腹です。



ソウル数 Soul Number #4
(魂の欲求、一番大切な価値観)

【#4 本質】~#22への覚醒を意識した#4本来の思考~(天才は天才を知る)
「99%努力したとしても、あと1%の才能がなければ、天才になんかなれない。だから、せいぜい我々に出来ることは、努力しかないから、せいぜい努力しなきゃどうしょうもない。つまり、1%の才能が、普通の人にはない。そこをして、天才と言わしめる。だから、我々に出来るのは、せいぜい努力でしょ。だとしたら、99%の努力なんか、当たり前だという意味だ。」と天才ならではの発言をしています。

【#4 頼りになる】~道義的な理由で、他者を助ける為なら全力で立ち向かう~
当時交際中の女性に対して、雑誌フライデーの記者が強引(女性の腕を掴むなど)な取材を敢行したことに対して抗議したが、反省のいろが微塵も感じられなかったので実力行使した。また、1980年代初頭に北野監督を慕って集まって来た軍団に所属するメンバーは、業界を干されて行き場の無かった者も少なくなかったのです。

【#4 基本・真面目】~基本に忠実~ 映画製作での拘りの一つとして、暴力シーンは淡泊に撮るが、音には拘っている。俺の映画で使っている銃の音はすべて本物だ。俺のところには、トカレフを撃っている時は、ちゃんとトカレフの音がしている。床に転がる薬莢の音までが本物だ。俺のところには、世界に出回っているほとんど銃やマシンガンの発射音の膨大なコレクションがある。音響さんがアメリカに行って、もの凄い苦労をして録ってきてくれたのだ。言わなきゃ誰も分らないだろうけれど、不思議なもので、観客は無意識にその違いを感じている気がするとのことです。

【#4 本質】~ものごとの本質を明らかにする~ 日本テレビから『24時間テレビ 愛は地球を救う』への出演オファーを受けたが、拒否したことを明かしている。さらに、「ヨダレを垂らした芸能人どもがめちゃくちゃ高いギャラを稼ぐくせに、これ以上貧乏人から金を巻き上げんな。チャリティーっていうくらいならお前ら全員ノーギャラで出ろよ」と発言、偽善番組とも述べています。
【#4 論理と感情の調和】「感情というのは抑えるのが当然なのに解放するのがいいって風潮になっている」ことを嘆くコメントを残しています。

【#4 信念】「最後まで押し通せなかったら、やさしさではない。途中でくじけるなら悪人になればいい。優しさは根性である。」とコメントしています。

【#4 働き過ぎam】~ワーカホリックになりやすい、リラックスできて自分が成長させられるような趣味を見つける~ 北野監督は、働き過ぎ解消の術を自然に身に着けたのか・・・所ジョージと非常に仲が良く、毎週日曜日に所の遊び場兼事務所である「世田谷ベース」へ遊びに行く。趣味の話などを酒とともに酌み交わすことが楽しみの一つとなっている。北野監督は「所から仕事以外の楽しみかたをというものをすべて教わった。」とも語っています。


人格数 Personal Number #4[#22] (他人からのイメージ)
非凡なオーラを与えます。どんな難題もきっと解決してくれると思われ、仕事を任せたいと多くの人が集まります。また、自分自身でも遣りたいことを山のように抱えています。


ステージ数 Sage Number #1[#10]
(活躍の舞台)

【#1-10】~絶対的存在や特別性~ テレビや雑誌・新聞の紙面、そしてスクリーンにて、たけし軍団・お笑い界・映画界などで常にトップランナーとして走り続けている。

【#1-10】~前世でやり残したカルマや、目的を今生で果たすためのカルミックナンバーで、人道的な目的や、人に癒しを与える方向へ向かいます。人生のある時期に全く別な道へ進む場合が多く見られる~ Cycle#10の時に、StageNumber#10とバイブレーションするのか?新たな活躍の舞台が用意されたり、活躍のステージがアップしたりします。勿論のこと、人に癒しを与える方向で活躍します。


チャレンジ数 Challenge Number #9[#18] (
現実に経験すること)

【#9】~愛と理解力で人類愛を実践~ 「愛」と言う言葉、それも真実の偽りのない愛が似合うと思います。

【#9 [#18]】~月の影響・若年期の経験~ 

◆中学は母親の希望で進学校に越境入学。そこでは成績が落ちしまう。また、雰囲気に馴染めずガキ大将になれなかった。その反動もあって、ボクシングジムに通い始めたようです。
◆子供の頃から、厳しい勉強を強いられて窮屈な思いをしていた北野監督は、これに猛反発.北野冢においても.近所の体裁を考えて「芸人を目指した北野家の武」という存在は無かった事になっていたそうです.

【#9 [#18] 物質主譱】~物質的野心には心を動かさない~
「金のことでつべこべ言うと、母親にこっぴどく叱られたものだ。誰だって、金は欲しいに決まっている。だけど、そんなものに振り回されたら、人間はどこまでも下品になるというのが俺の母親の考えだった。貧乏人のやせ我慢と言ったらそれまでだが、そういうプライドが、俺は嫌いじゃない。」

【#9 [#18] 寛容】「他人の裏切りを、心の中に毒持って生きて行くより、相手にいいこしてやったっていう感覚でいるほうがいいんだ。だって、裏切りなんてこれからもじゃんじゃんあるんだから。それをいちいち自分の問題にして、抱え込んだら、大変なことになっちゃうもん。」


ネイチャー数 Nature Number#1[#10]
(素の自分)

【#10 野心】~自信家で野心家・大胆不敵~ 『その男凶暴につき』、主演の立場を利用して「深作監督でなければ、出演しない。」また、「俺に監督をやらせたら、同じスケジュールで1本くらい映画、撮れると思うんだけどな」と啖呵を切って、見事に監督の座を勝ち取る。普通、映画監督未経験の北野監督が、深作欣二の代わりを務められるなんて、考えられない展開ですが、北野監督ならではの、自信溢れる態度と、大胆不敵な雰囲気に関係者が納得させられたのでしょう。



行動数 Action Number #8
(行動パターン)
【#8 コントロール・自信】

北野監督のNG芸能人は、菅野美穂。NGの理由は、映画『Do11s』撮影時に、菅野のシーンにOKを出した北野監督。それにもかかわらず、菅野は自分の演技に納得がいかなかったため、再撮影を何度も希望した……。この行動が逆鱗に触れそれ以来共演NGになったのだとか。「絶対に許さない」北野監督の信念。一見すると菅野の主張も一理あるかに思えるが、北野監督の映画監督としての持論はそれを許さない。ある記者会見では次ように語ったこともある。「たまに“監督、ここはこう撮るべきじゃないですか?”って言ってくる奴がいるんだけど、そいつ大嫌いで2度と使わない。監督に気に入られるように演技をするのが役者であって、監督の演出方法に意見するのは絶対に許さない」結果的にお互いのプロとしての信念が仇となり、共演NGとなった菅野。裏を返せば、それだけ二人が作品作りに妥協を許さないということだろう。
北野監督は映画に関しては自分への助言や提案は聞き入れません。ベテラン俳優でも、「自分はこう演じたい」などとロ出しをしたら下ろすそうです。本人自身、俳優として他の監督の下で演じる時は、一切口出ししないそうです。ドラマにしろ映画にしろ、それは監督の作品であり、俳優はただ命じられたまま演じるのが筋だというスタンスです。

【#8太っ腹】弟子の結婚祝いに、弟子から洗濯機の希望があったので、大きなタライを贈る・・・タライの裏には、‘百万円の束'が、張り付いていたというエピソード!!




d0214179_9195393.jpg





HISTORY


First-Stage 0~32歳 
Cycle:1 Pinnacle:19 Challenge:8

【#1自立・種まき】~早期に自立を促される~ 19歳で自立を果たす
【#19カルマ】~カルマの負債を清算するため、家族や自分の殻から抜け出ようともがく~

小学生時代の北野監督はスポーツ大好き少年でしたが、母親が教育ママだった為に終始「勉強しろ」と言われていました。しかし特に勉強しなくても成績が良かった為、スポーツにばかり打ち込んでいたそうです。大変目立つ存在で、昭和のガキ大将そのもの、近所では有名でした。中学は母親の願望で進学校に越境入学、そこでは成績は「普通」になったし、雰囲気や状況的にガキ大将にもなれませんでした。子供の頃から厳しい勉強を強いられて窮屈な思いをしていた北野監督は、ついに猛反発して家を飛び出し、そして芸人の道へ。北野家では、近所の体裁を考えて「芸人を目指した北野家の武」という存在は無かった事になっていたそうです。19歳で、家を飛び出し自立を果す。本当の意味で天才Kitanoのスタート。

【#1成功の鍵】 ~個性や独自の才能を発見、新たな分野で究極の成功へ~ 
明治大学工学部に入学するも適応できず、紆余曲折の果て、芸人の世界へ、そして『世界のKitano』へ。
【#1 繋がり】~人との繋がり~ この時期に、多くの人と関わる。コントの師匠、漫才の師匠から、いろいろな人種の人達と出逢います。
【#19 AM】 ~過度の不安・心身のバランスに注意~ 

死ぬのが怖くて、どうにもならない時期があった。高校生から犬学生にかけて、毎日のように死について考え、死ぬことに怯えながら生きていた時期。死んだら人聞どうなるとか、天国や地獄があるのかとか、形而上学的な問題を思い悩んでいたのではない。自分が生きているという快感がないまま、生きたって記憶も何もないまま、この世から消えることが怖かったのだ。


◇17歳 YearCycle:21 Cycle:1 Pinnacle:19 Challenge:8
【#21快楽主義】この時期、ボクシングジムに入門しているが、入門の動機はこんな発言から読み取れる。「快感には、みんな暴力的なものが内在してんだよ・・・」

◇18歳 YearCycle:22 Cycle:1 Pinnacle:19 Challenge:8
【♯22】~大きなビジョンを描き、新しいステージに向かう開拓する年~ 明治大学入学。

◇19歳 YearCycle:23 Cycle:1 Pinnacle:19 Challenge:8
【♯23】~環境の変動・自由・不安定~ 大学での生活には適応できず、五月病を患うようになり家出同然で一人暮らしを始める。その後、大学には通学せずに除籍。(のち、2004年9月7日、明治大学より「特別卒業認定証」及び知名度アップに貢献したとして「特別功労賞」を受賞。)

◇25歳 YearCycle:20 Cycle:1 Pinnacle:19 Challenge:8
【♯20 出会い・愛する人とのコラボ】~永遠に目で語り合える相手・尊敬から結婚へ(男通しの結び付き)~この年、北野監督はその後の人生に多大なる影響をうけることとなる男(この上ないほどの理想的な師匠)と出会う。その男は、深見千三郎(ふかみせんざぶろう)北海道出身のコメディアン、舞台芸人・演出家・脚本家で浅草系の芸人に評価が高く、「師匠」と呼ばれていた。弟子には、渥美清、東八郎、ポール牧、萩本欽一、坂上二郎などなど…北野監督は、最後の弟子となる。弟子入りのきっかけは、エレベーター内で直訴したところ、何の芸もない北野監督にその場でタップダンスを披露し、「こういうのでも練習するんだな」と一言・・・弟子を許され、『前座芸人・北千太』が誕生しました。(後年、北野監督は、深見のタップダンスの余りの格好良さに感動としたことを発言しています。
また、簡単に弟子入りを許されたようだが、明治大学中退の変わり者に、依然より深見は目を付けていたようです。) その後は四六時中、深見から予告なしにボケをかまされ、間髪を入れずに罵倒するという技を仕込まれた。この日々の鍛練が、のちの独特な言葉の拾い方のアドリブによる巧みなかえしや、速射砲のようなテンポの速い漫才へと繁がります。座敷で飲んだあとに下駄履きに立ち、自分の靴をさっと出す北野監督に対して、深見は「ワザと違うものを出すんだ」と教える。その翌日、北野監督は、女性客のハイヒールを差し出し、深見は何ごとも無かったように、ハイヒールを履きながら「馬鹿野郎っ」とつっこむ・・・そんなやり取りも、北野監督の芸風として脈脈と受け継がれています。さらに、深見は「この馬鹿野郎」と言うなどロは悪い分人情味溢れる人物で、第子の暮らしぶりにも気を遣い、当時の北野監督の住まいを始め全ての面倒を見ていた。この点は、深見から鍛えられたというより、北野監督の本質と非常に良く似た点ではないかと思われ、そんな北野監督を慕うたけし軍団のメンバーは若き日の北野監督とどこか重なるようです。後年、北野監督自身も「芸人としての心意気・感覚すべてピッタリだった。自分はその心意気を継いでいる。」と語っており、別番組のインタビューでは「芸人としての生きざまは師匠の深見千三郎から教えられた。深見から言われた“笑われるのではなく笑わせろ“という言葉は未だに忘れられない」と語っています。深見の最期は、自宅であるアパートの自室でタバコの火の不始末が原因で火災を起こし、折しもはしご酒をして泥酔していたことが災いして逃げ遅れ焼死した。(59歳没)

たけしはフジテレビの『オレたちひょうきん族』収録中、楽屋で深見の訃報を聞いた。しばし絶句した後、たけしは、壁に向かい俯きながら無言でタップを踏み始めた。深見の葬儀の後、たけしは札幌での仕事へ向かうため羽田空港へ向かい、待ち合わせていた高田文夫に「深見のおとっつぁんもバカだよな死んだら人が焼いてくれるのに、自分で焼いちめえやんの」と師匠譲りの毒交じりの一言を口にしたといいます。


【#20】~出会いにより収入拡大~「ツービート結成」
ツービートは、最初きよしさんがボケで、おいらがツッコミだった。それでやってみたけど、これが‘間’をどうこう言う以前の問題。きよしさんは‘間’が悪い以前にネタがない。何を勘違いしたのか、舞台の上で世間話を始めちゃう。もちろん、客はクスリともしない。全くもってウケることのないきよしのネタに対し、北野監督はツッコミ入れるようになる。しょうがないから、おいらが「お金払って、お前の世間話とつまんねえギャグを聞いてどうする!」って、どんどん突っ込んでいったら、客がドッと笑ったんだ。それでお客が笑ったから、これだと思って、もうジャンジャン「こいつバカですから」と言いながら、きよしさんの出身地である山形の悪口をさんざん言った。そうしたら今度は、きよしさんがそのツッコミに対して、「そんなことはないよ」とか「よしなさい」って言うようになった。そうやってボケとツッコミが逆になったのが、みなさんの知っている「ツービート」のスタイルになったわけ・・・動き出す年となりました


◇29歳 YearCycle:24 Cycle:1 Pinnacle:19 Challenge:8
【#6 やりすぎ】~自己破壊的~
【#19カルマ】~不当に軽んじられたり、手柄を人にとられて悔しいと感じることも多々あるが、その体験を通して正しい決断を学び、身につけることが重要~
演芸場での人気とは裏腹に、その破壊的な芸風は一部の関係者に受け入れられず激しい抑圧を受け、漫才協会から脱退を求める声すら起きたという。この年も、協会が主催するNHK新人漫才コンクールにツービートは3年連続で出場したが最優秀賞を獲得することは出来ませんでした。


◇32歳 YearCycle:27 Cycle:1 Pinnacle:19 Challenge:8
【#9完成】~サイクルの成就~
『花王名人劇場』(関西テレビ 企画:澤田隆治)において、人気落語家・月の家円鏡(8代目・立花家円蔵)の共演者に抜擢され、古典派から「邪道」と言われた円鏡と、「邪道漫才師」ツービートを競演させ、「円鏡vsツービート」と銘打って放送されたこの企画が好感触を得たことで、「花王名人劇場」での、「激突漫才新幹線」制作への布石となり、後の漫才ブームへ繋がりました。




d0214179_82871.jpg





To be continued to Vol.2

by Aeons Numerology Basic the 11th class
in Bunkyo class
Tetsuya S.
by kej000 | 2017-02-06 08:27 | 数秘レポート